第57話 変化した日常
今週は俺の家で夕食を食べる週だ。そして高嶺部長の計画が開始される週でもある。
月曜日に準備を進めて、昨日は高嶺部長の家へ行った。明けて水曜日の今日は、本来俺はリサ姉と過ごす日だ。
だからもう直ぐ、リサ姉が家へやって来るだろう。今の内から夕食を作り始めないといけない。素早く着替えて調理を始める。
今日は特に、気合を入れて作らないといけない。ある意味で、特別な日になるだろうから。ここから果てして――どうなるのだろう。
「お疲れ~、一輝君!」
今日も可愛いリサ姉が、肌色成分多めの格好でやって来た。へそ出しのチビTシャツに、柔らかそうな素材の短パン姿だった。
「お帰り、リサ姉」
「お、今日はカレーやな?」
そう、カレーにした理由は色々とある。一度に沢山の量を作り易いし、翌日の朝食にも使えるからだ。
それだけではなく、高嶺部長の策に乗ったという理由も含まれている。その内容は、今以上に嫉妬心を刺激するというもの。
リサ姉をこれまでに無い状況に置き、意地だけでは耐えられないようにする。これで上手く行くのか、正直分からないけど。
そんな秘密の行動を隠しながら、俺はリサ姉と雑談を続ける。そろそろだろうか、これまでと違う展開に発展するのは。
「お邪魔するわよ」
リサ姉が来てから30分ほど経つと、高嶺部長が俺の家へ入って来た。月曜の間に作った合鍵は、既に渡した後だ。
オフモードの高嶺部長は、紺色のワンピースを着ている。シンプルなデザインだが、とても良く似合っている。
「し、雫? どないしたん?」
突然やって来た高嶺部長の姿を見て、驚いている様子だ。それも当然の話で、俺達は敢えてリサ姉に何も伝えていないから。
「私も遊びに来ようと思って。別に良いでしょう? 2人は付き合っていないのだから」
「い、いやまあ、せやけど……」
今のは絶対わざと付け加えたよね? 彼女じゃないという点を、敢えて強調する必要なんて無かった。俺達がセフレなのは、分かっているのだから。
でもこの場で明確に指摘しておく事で、意識させようとしたのかな? 多分だけど、そういう意図ではないだろうか。
「それにほら、私から来ちゃいけないなんて理由はないもの」
「……ま、まあ、ほな一緒に食べようや」
驚きはしていたものの、相手は親友だ。特に文句はないらしい。ただリサ姉は、俺に向けて強めの視線を寄越していた。
黙っていた事を咎めるような、そんな感じの意思を感じた。ごめんと唇だけで表明しておく。だって仕方ないじゃないか。黙っておくように言われたから。
高嶺部長――いや、もうプライベートだから雫さんで良いか。会社で呼び間違えないように、意識しておくのは大変だ。
こんな事は今まで特にやった事がないから、とても不思議な感覚だ。1人の女性の呼び方を、頻繁に切り替えていた経験はない。
「じゃあ雫さん、もう少し待っていて下さい」
「ええ、楽しみにしているわ」
雫さんは華麗にウインクを決めて、キッチンから離れて行く。少し困惑していたリサ姉と、雑談を始めた。
最初こそ微妙なリアクションだったリサ姉も、慣れた相手だからかすぐに普段通りに戻った。この前の旅行があったからかな?
リサ姉はわりと普通に受け入れている様子だ。そりゃあ相手は昔から知っている親友だものね。
だけどこれで、本当に効果が出るのだろうか? 今の時点では、嫉妬心を感じているようには見えないけど。
でも親友である雫さんが言うのだから、もう少し様子を見てみよう。そんなにすぐ効果が出る話じゃないのかもな。
「お待たせ2人とも、出来たよ」
俺は3人分のカレーを盛りつけて、ローテーブルへと運んでいく。旅行に行った事で、雫さんが食べる量もある程度分かっている。
「ありがとう一輝君」
「へぇ、美味しそうじゃない」
雫さんに俺が料理を振る舞うのは、これが初めてだ。リサ姉に仕込んで貰った料理の腕が、良い方に作用すると嬉しい。
見た目だけじゃなくて、味の方でも満足して貰いたい。せっかく作ったのだから、という意味もある。
ただそれだけじゃなくて、良い所を見せたいという男心もあった。雫さんのような美人に褒められて、嬉しくない男性はいないだろうし。
俺は自分でも食べながら、雫さんの様子を窺う。味の方はいつも通りだ、辛さもちょうど良いぐらい。あとは口に合うかだが……。
「うん……美味しいわよ。やるじゃない一輝」
「良かった。ちょっと気になっていたから」
ちょっと、というには気にし過ぎたかも知れないけど。まあでもこれで合格を頂けたから、これからも多分大丈夫だろう。
なんせ今日だけで終わる話ではないからだ。合鍵を持っているという事は、これからも雫さんは家に来られる。
これからの俺達は、リサ姉と2人で過ごすだけじゃなくなる。雫さんが頻繫に、こうして参加するのだから。
口に合う料理が出せるかどうかは、結構重要な要素だった。腕前が分かり易いカレーを選択したのは、そういう意味も含まれていた。
「凄いやろ? ウチが教えたんやで」
少し自慢げな表情で、リサ姉が雫さんへと伝えている。確かにその通りなんだけど、いつもはこんな風に言わないのになぁ。
努力した俺の実力で、自分はただ教えただけだと。なのに普段と違って、わざわざ口に出した。
「ああ、そういう話だったわよね」
「一輝君は昔さぁ――」
俺の小さい頃の話を始めるリサ姉は、どこかいつもと違っている。どう違うのかは、言葉にするのが難しいけど。
ただ妙な違和感だけが、どうしても拭えない。これも雫さんが考えた、作戦の効果なのだろうか?
リサ姉が抑え付けている、自身の感情が刺激された結果なのかな? 今はまだ、何とも言えないけれど。
「ご馳走様、美味しかったわよ」
「ウチも美味しかったわ」
超の付く2人の美人に褒められて、誇らしい気持ちだ。料理を覚えようと思った切っ掛けは、両親の離婚が大きかった。
始まりはマイナスの理由でも、こうして未来で役立ったのだから良いだろう。人生何がどうなるか分からないものだ。
元カノが使う筈だった食器類を、セフレで上司の雫さんが使っているのも同様だ。こんな未来、予想なんて出来なかったよ。
人生について考えながら片付けをして、自然な流れでお酒の時間へと移行する。雫さんもまた、お酒には強い人だ。
「一輝はカクテルも作れるのね」
「はい、良かったら用意しますよ」
リサ姉と雫さんの分を作り、それぞれに渡す。俺は俺で自分のカクテルを用意して、3人で乾杯をする。
「雫は何時まで大丈夫なん?」
お酒を飲みながら、リサ姉は何気なく雫さんへ聞いた。リサ姉は計画を知らないのだから、当然そう思うよな。帰る筈だって。
「時間なら気にしないで、泊まって行くから」
「……そ、そうなんや」
今までで一番の動揺を見せるリサ姉。これは……効果が出ていると思って良いのか? 2人だけの時間が、減ってしまうと気付いた?
こうして雫さんがやって来ると、必然的にそうなる。今までは俺が雫さんの家へ行っていただけ。でもこれからは違う。
3人で過ごす時間が増えるし、リサ姉が居ない時だってあるだろう。今まで傷を舐め合う為にあった時間は、少しずつ減っていく。
そうする事で、リサ姉をより刺激するという計画。ここまでやれば、流石に我慢出来ないというのが雫さんの読み。
これでリサ姉の意思が変わるというなら、付き合わないという方針を崩せるなら。そしてもう1つの目的は、俺の意思固めだ。
「楽しい夜を過ごしましょう?」
「う、うん。そうやね」
俺はリサ姉が好きだ。でもこの気持ちが、確かな愛情なのか。リサ姉が綺麗だから、そう思っているだけなのか。
初恋のお姉さんだから、今もやんわりと好意があるだけなのか。俺は明確に雫さんとリサ姉へ向ける想いが違うのか。
気持ちに整理をつけてしまおう。初めての彼女にフラれた事実から、いい加減立ち直るべきだ。もう癒して貰う時間は、十分にあったのだから。




