第55話 最終日の帰路
リサ姉と雫さんと過ごす連休は最終日を迎え、午前中だけ海を楽しみ昼から帰路に着く。
シャワーでサッパリした体も、ホテルから出ればじんわりと汗をかいてしまう。真夏の暑さは、まだまだ続くのだろう。
ホテルから出ている送迎バスの中は涼しいけれど、駅まで移動すればまた蒸し暑さに襲われる。
大勢の利用客に紛れて、俺達は予約してある帰りのチケットを、駅の券売機で発券する。スムーズに終わらせて、時間が来るまで駅の喫茶店に入った。
「結構楽しかったよね」
夜は大変だったけど、全体を見れば楽しく過ごせたと思う。ただ今朝のリサ姉は、少し様子が変だった。流石に疲れたのだろうか?
「たまには良いわね、こういう休日も」
「せやなぁ~若い頃に戻ったみたいやった」
いや、2人共まだ若いからね? ともあれ、もうリサ姉はいつも通りだった。二日酔いや体調不良では無かったらしい。それなら良いんだけど。
今も楽しそうにしているし、元気にケーキを食べている。リサ姉が笑っていてくれるなら、こうして旅行へ来た甲斐もある。
ただやっぱり、リサ姉が俺をどう思っているのかは分からない。本当に雫さんの言うように、効果は出ているのだろうか?
ふと視線を向けると、雫さんは意味有り気な視線を向けて来た。どういう意味だ? 何を伝えたかったのだろう。
意図を測りかねていると、雫さんは少し笑った。悪い事ではない、という意味で良いのだろうか? それ以上は何も訴えて来ないけど。
「それにしても、一輝が居ると楽で良いわね」
「え? そ、そうかな?」
それが言いたかった事なのか? 何がどう楽だったのだろう。何か特別な事をして来たつもりは無いけれど。
「分かるわ~頼れるしなぁ」
「気が利くし、ナンパも追い払えるし、メリットしかないわね」
2人から褒められるのは、悪い気がしない。こんなにも美しい女性達から、頼れると判断されるのは男冥利に尽きるだろう。
男らしいなんて考え方は、今の時代に相応しくないのかも知れない。だけどやっぱり、男として見て貰える方が良いに決まっている。
特にリサ姉の場合は、俺の小さい頃を知っている。近所の弟分として、扱われて来た期間は長かった。それが今では、頼れる存在になれている。
改めてこう言われると、俺もちゃんと成長出来たのだなと思える。給料を初めて貰った時よりも、大人になれたという実感が強い。
「良いわよね理沙は。昔からこうして、ナイト様が居てくれて」
「ナ、ナイト様って……そういう、わけちゃうって……」
あれ? そういう反応するの? 恥ずかしそうにしているリサ姉は、照れているようにも見える。
でもそれはあり得るのか? だって昔は、ただの弟分だったのだから。昔から好きだったなんて、おかしな話だし。
年下に助けられていた事が、恥ずかしかったという方か? そっちの方がまだしっくり来るけどな。
もう少し深堀したいところだったが、乗り場に移動する時間が来てしまった。俺達は荷物を持って、特急の乗り場ヘと移動する。
「ごめん、何両目やっけ?」
「5両目だよ」
歩いている内に、リサ姉は普段通りの態度に戻っていた。やはり分からない、リサ姉の本心が。だけど聞くにしても、こんな場所ではなぁ。
流石にデリカシーが無さ過ぎるし、ムードもへったくれもないだろう。せめて聞くなら、2人きりの静かな場所でした方が良い。
好きな子のリアクションを知ろうとする、中学生のガキじゃないのだから。良い大人がやる行動じゃあないだろう。
正直凄く気になってはいるけど、今は我慢だ。大体本当に期待通りだったとして、俺はどうするのかまだ心を決められていない。
次に恋愛をするなら、リサ姉が良い。それは今も変わっていないけど、じゃあ俺は、リサ姉を愛せているのか? また俺は、同じ失敗をしないか?
あまり考えたくはないけど、彩智に俺の気持ちは届いていなかった。満足させるだけの、愛情を向けていられなかった。
リサ姉が彩智と同じ事をするとは思わない。ただ俺が至らないせいで、嫌われてしまったら。愛想を尽かされてしまったら。
そう思うと、大きな一歩を踏み出す勇気が持てない。今のままの方が、ずっと一緒に居られるのではないか。心の片隅で、そんな気持ちが燻っている。
男らしくあろうとするなら、ここで踏み込む勇気を発揮するべきだ。それは分かっているのだけれど。他愛ない会話をしつつ、俺は悩んでいた。
「あら、理沙ったら寝ちゃったのね。よほど一輝の側にいると、安心出来るのかしら?」
「……そうだと、嬉しいですけど」
ボックス席に座って数分後、隣に座ったリサ姉は頭を俺の肩に預けて、小さな寝息を立てている。
俺の隣に居ると、安心出来ているのかな? 安心出来る場所を、提供出来て居る?
もしそうであるならば、頑張って来た結果だという事だ。傷付いたリサ姉を、癒してあげたかった。少しでも安らかな気持ちで、毎日を過ごして欲しい。
「見てみなさいよ。こんなに安らかな表情で、ぐっすり寝ているのよ?」
「た、確かに」
涙を流しながら寝ていた頃とは、随分とマシな表情だ。俺が居るから? 雫さんも一緒に居るから? それとも楽しかったから?
雫さんの言う通り、俺の隣だからだとすると嬉しい。俺はリサ姉の心を、守れているという事だから。傷まで癒せているかは、分からないけど。
だがあまり自信過剰になってはいけない。あくまで謙虚に、事実を見ていかないと。じゃないとまた、俺は失敗をしてしまう。
「良く聞きなさい一輝。理沙は少しずつ、自分が抑えられなくなっているわ」
雫さんは真剣な表情で、俺の方を見ている。大事な話なのだと理解した俺は、リサ姉を起こさない程度に姿勢を正す。
「だけどまだ、理性が邪魔をしている。常識とか社会的価値観が、理沙を縛り付けている」
「まだ、リサ姉は素直になれないと?」
俺を好きだというリサ姉は、俺に好意を伝える事は無い。付き合わないという堅い意思のもと、自分の気持ちを曲げている。
俺が雫さんとセフレを続ける事で、嫉妬心を刺激するという作戦。本音を引き出すという、俺達の目論見は続けている最中だ。
下手に強引な告白をしても、リサ姉は受け入れない。むしろ余計頑なになるだろうと、雫さんは見ている。それは俺も同意見だ。
昔からリサ姉は、そういう一面を持っていた。決めた事は簡単に曲げないし、とても意思の強い女性だから。
「理沙をムキにさせない範囲で、もう少し攻めていきましょう」
「次はどうすれば良いですか?」
心も決まっていない癖に、リサ姉の気持ちを引き出す。それで良いのかと、俺の中の冷静な部分が訴えかけている。
だが初恋のお姉さんが、俺を好きだという話は――あまりにも魅力的過ぎる。抗う事なんて、とても出来そうにない。
そんな俺の迷いを見透かしたかのように、雫さんは俺に確認を取って来た。まるでエスパーかのようだ。それとも、俺が分かり易いのか。
「次へ移る前に、大事な確認をするわ。ねぇ一輝、貴方は理沙が好き?」
好きという気持ちは、確かにある。だけどそれが、初恋の女性だからなのか、そうではないのか。今のこの気持ちは、特別な感情なのか。
ずっと悩み続けて来た、俺のリサ姉への想い。大切かどうかで言えば、間違いなく大切な女性だ。俺にとっては、何よりも最優先だ。
絶対に幸せな生活を送って欲しいし、その為なら何だって出来る。この想いを俺は、隠さず雫さんに伝えた。
「……まだ少し甘いけど、良いでしょう。次に進むとしましょうか」
「お願いします」
リサ姉が眠っている前で、俺達は次の作戦に移る事が決まった。俺達はもう学生じゃない。大人なのだから、先に進む以上は覚悟が必要だ。
俺がちゃんと、異性としてリサ姉を愛せるように。交際、再婚、そして家庭を持つ未来。俺がリサ姉を、幸せにするという覚悟が。
何よりも、また間違えてしまわないように。恋愛に対するトラウマを乗り越えつつ、女性について学んで行こう。雫さんの指導の下で。




