第53話 海辺の街
2日目の朝、案外腰痛に悩まされる事は無かった。思ったより深く眠っていたらしく、いつもより30分起きるのが遅かった。
リサ姉と雫さんは既に起きており、服も着替えた後だった。俺も早く着替えないと、2人を待たせてしまう。
「一輝と夜を明かしたのは初めてだったけど、可愛らしい寝顔なのね」
雫さんがにこやかに笑いながら、挨拶の代わりにそんな事を言う。自分では分からないが、可愛らしいとは果たして。
ただ無意味に怖がられる事ならある顔ですけど? 雫さんの趣味が良く分からない。好みだというのは、もう聞いて知っているけどさ。
「あ~分かる。一輝君て、昔から寝顔が可愛いねんな」
「え~? そう、なのかなぁ?」
リサ姉もこう言っているけど、本当なのだろうか? 2人の好みの問題なだけじゃない? そう言ってくれるのは嬉しいけど。
ともかく早く着替えて朝食を食べに行かないと。ササッと準備を済ませて、2人と一緒にホテルのレストランへと向かう。
朝食を食べながら雑談をし、今日の午前中はビーチの近くを周ってみる事に決める。美味しい店が幾つかあるらしいから。
こういう海辺の街だからこそ食べられる物や、地元の名産品を見て回る予定だ。午後からは、また後で考えれば良い。
3人でコーヒーを飲んで一息を入れてから、部屋に戻って出掛ける準備を進める。日差しがキツイから日傘を持って外へ。
「あっついなぁホンマに……」
「だよね」
日傘があっても中々の暑さがあり、時折吹く潮風が有難く感じる。3人で歩きながら、海辺の街を歩いていく。
ホテルの近くは色んな店が並んでおり、観光客向けの商売が行われている様子だ。見る限り土産物店の割合が高い。
後は喫茶店や飲食店、屋台なんかも出ている。名物なのか、和菓子の店に人が集まっている。みたらし団子を売っているようだ。
こういう場所ならではの光景が、どこまでも続いている。気温は高いけど、活気があって良い雰囲気だ。
「あら、美味しそうなお菓子があるわね。会社にお土産として、持って行こうかしら」
雫さんがお土産屋のクッキーを見ている。会社へのお土産か……俺も何か、用意した方が良いのだろうか。
「……あ、俺までここで買ったら、怪しまれますよね?」
「私は知られたとしても気にしないけど、一輝が気になるなら別の店にすれば良いんじゃない?」
うーん……俺が雫さんと仲が良いと知られる事を、嫌がる理由はないんだよな。同じ部署の上司と部下だし。
ただ雫さんに迷惑を掛けたくはないからなぁ……。本人が気にしないとしても、一応避けておこうかな。
それに同期達から、質問をされたら回答が難しい。流石にセフレだとは言えないし。念の為、今回は別の店で買う事にする。
雫さんに理由を伝えて、俺は見るだけに留める。リサ姉も職場へのお土産を考えているらしく、色々と見ているみたいだ。
「良さそうなのあった?」
「悩んでんねん。一輝君やったらどっち選ぶ?」
リサ姉はラスクと饅頭で悩んでいるらしい。どっちも定番だよなぁ、どっちが良いだろうか。リサ姉の職場は、殆ど女性らしいからなぁ。
年齢層は40代や50代が多いと聞いている。だったら饅頭か? でもラスクの方が、手軽にサクッと食べられる気もするし。
色々と考えた結果、俺はラスクと答えておいた。多少の買い物を済ませた俺達は、再び周辺を見て回る。色んな店を周りつつ、散策を楽しむ。
写真も撮って記録を残しておく。楽しかった想い出の1つとして。昨日も今日も、リサ姉が笑っていてくれて嬉しい。
だいぶ癒しになっただろうか。少なくとも無理に笑っている様子はない。純粋な心からの笑顔だと、俺の目には映っている。
ウロウロしている間に時間が経ち、お昼には丁度良い時間がやって来た。どこかでお昼を食べようという話になった。
「あっ! あそこ、海鮮丼とかあるみたいやで」
「へぇ、良いんじゃないかしら?」
リサ姉が見つけた定食屋で、お昼を済ませる事に決める。海辺の街だからこそ出来る、価格に対して超豪華な海鮮料理。
握りの盛り合わせ等も提供しているようだ。店の中に入ると、レトロな空気が漂っている。中々いい味を醸し出している。
地元の料理もあるらしく、見た事のないメニューもあった。それはそれで気にはなるが、やはり人気のメニューを食べておきたい。
3人で色々と悩みながら、結局看板メニューである海鮮丼を頼む事に決めた。海辺で食べる海鮮は、やはり醍醐味だろう。
夜は居酒屋も兼ねるらしく、お酒の種類が豊富だ。ここで一杯と行くべきか、まだ今は我慢すべしか。2人にも聞いてみる。
「せやったらさあ、午後はホテルのプールに行かへん? 結構色んなお酒が飲めるらしいし」
「良いわねそれ。私は賛成よ」
俺も特に異論はないので、ここでは酒を頼まず後に回す。頼んだ海鮮丼が届くのを待ちながら、3人で雑談をする。
他愛もない話題が続いているが、それが案外楽しいものだ。平凡な日常ってのは、そう悪いものではない。
派手な事だけが、良い想い出になるのではない。それこそ俺とリサ姉が、これまで過ごして来た時間のように。12年前から、想い出は色褪せていない。
むしろ今へと繋がった事で、より彩りは増しているぐらいだ。それこそ俺達が頼んだ、海鮮丼みたいにカラフルだ。
「お待たせしました。海鮮丼です」
3つの大きな丼に入った、海鮮丼が届く。こんなの東京だったら、3千円ぐらいするんじゃないか? ここでは千円でお釣りが来るけど。
マグロにタイ、アジとこれは……カマスかな? 定番のサーモンとハマチ、イクラにイカとエビ。ウニも乗って超豪華だ。
ボリュームも十分にあり、言う事はもう何も無い。こんなの絶対に美味しいだろう。疑うまでもなく、絶品である事が伺える。
テーブルに置かれた刺身醤油をかけて、ワサビと共に食らいつく。鼻に来るピリッとした感覚と、海鮮の旨味が口の中で広がる。
「うま! すげぇなぁ、これで880円?」
「こんなんお得過ぎるやん」
3人で感想を言い合いながら、出て来た海鮮丼を味わった。実に美味であり、また機会があれば来たいと思った。
海鮮丼は季節とあまり関係がない。内容は多少変わるだろうけど、味が大きく変わる事はない。冬に来たら、カニでも入るのかな?
冬場に温泉目的で、また来るのも手かも知れない。そこまで有名ではないけど、この街には温泉だってある。
また食べたいと思える海鮮丼を食べた後は、一息入れてからホテルのプールへ。それなりの利用者が既に居た。
俺達はバーテンダーから注文したカクテルを受け取り、空いていプールサイドのテーブル席へと座る。
「それじゃあ乾杯や!」
「お昼からお酒も、贅沢で良いわね」
俺達はグラスを軽く突き合わせて、アルコールを楽しむ。こうして昼間から遠くに海を眺めながら、飲むお酒も悪くはない。
ジントニックとライムの酸味が、喉を通り過ぎて行く。とんでもない美女と共にだ。何と言う贅沢だろうか。
この旅行で俺は、一生金で買えないような贅沢をさせて貰っている。リサ姉を楽しませる目的だったけど、俺もしっか満喫している。
雫さんも楽しそうで、いつもより表情が柔らかく見えた。こんな表情もするのかと、新鮮な気分を味あわせて貰っている。
「どうかした?」
俺の視線に気付いたのか、雫さんがこちらを見ている。特に意味はないのだけど、何かしら答えておくべきだろう。
「いえ、特には。やっぱり綺麗な人だなって、思っただけです」
「一輝、貴方私を口説くつもり?」
そんなつもりじゃないと、俺は慌てて否定する。雫さんとはセフレの関係だが、交際まで発展させる気はない。
ただこんな会話をしていても、リサ姉は嫉妬心を見せる事は無かった。本当にリサ姉は、俺の事が好きなのだろうか?




