第43話 その頃理沙は
間島一輝が高嶺雫の下へ行っている頃、東雲理沙は1人で過ごしていた。彼女にとって随分と久しぶりの1人の時間。
基本的に土日は一輝と過ごしているし、平日も朝晩は一輝が側に居てくれる。殆ど昔に戻っている。
ただし距離感は依然とは違う。理沙にとっての一輝は、以前よりも依存性の高い存在となっていた。
大人になった一輝は、理沙にとって理想的と言える男性へと成長した。外見だけでなく、内面も含めて。
(今頃、雫としてるんかなぁ)
サブスクでドラマを観ながら、ぼんやりと過ごす理沙。離婚する前なら、こんな時間も確かにあった。
娘の杏奈が学校に行った後、家事を終わらせてゆっくりと過ごしていた。その時は、1人でも平気だった筈なのに。
だが今の理沙は、どうしても寂しさを感じてしまう。一輝が側に居ないという事実は、彼女が思っていたより辛い。
抜け出せない沼に嵌っている理沙は、一輝が雫の下へ行っている事が気になって仕方なかった。
ドラマの内容は殆ど頭に入らず、映像が垂れ流しになっている状態だ。もはやBGMにすらなっていない。
(これでエエ筈や。一輝君の為にも、雫の為にも)
2人がカップルになれば、色々とバランスが取れている。真面目な一輝は優しくて頼りになる。家事はもちろん、育児も少し知っている。
雫が結婚を望まないのは、家庭に入る気がないからだ。自分でしっかり稼ぎたいと思っている。最近増えて来た女性の考え方。
ちゃんとキャリアを形成したいという意思。その場合、恋愛や結婚が邪魔になってしまう人も居る。雫はまさにそのタイプだ。
理沙とともにギャルをやっていた頃、雫は自分でファッションブランドを起こしたいという夢を持っていた。
今も変わらずその目標を掲げており、服飾関係の勉強を続けている。だから結婚しても、主婦をやるつもりが無いのだ。
(一輝君やったら、主夫だってやってくれるやろう)
理沙にとって理想的な相手は、雫にとっても理想的な相手だった。男性の好みは2人共少し似ている。ガッシリとした男性が好きだった。
ボディビルダーのような、筋肉ムキムキだと少し好みから外れる。一輝のように、程よく鍛えている男性が好きなのだ。
ただ相手に何を求めるかは違う。理沙は自身のキャリアに興味が無く、育児に専念したいという考え方だ。
そして雫は、どうしても結婚をするなら年下が良い。自分がリードする側で、夫は雫に着いて行くタイプが良い。
家事を任せて雫自身はバリバリと働き、帰りを待って居てくれる。そんな男性なら結婚も吝かではない。
だが中々そういう男性は少なく、丁度良い相手を探す方が大変だ。だったら結婚を諦めれば良いと、彼女は考えて来た。
夫に求める人物像が2人共違うが、一輝はそのどちらにも合わせる事が出来る、高い順応性を持っている。
元カノであった畑山彩智の無茶を聞いている内に、相手の女性へ合わせる能力が自然と鍛えられていたのだ。
(雫にやったら、一輝君を任せても……)
潔く一輝を譲れると理沙は思っていた。だが実際に雫へ預けてみると、胸に痛みが走ってしまう。物凄く意識してしまう。
雫ならば、雅樹を虜にするだけの魅力を持っていると分かっている。親友は自分と違って、バツのない自立した女性だ。
どう考えても自分より、一輝に相応しい相手だと理沙は理解している。だが理沙の心は、納得出来ていない。
自分の方が先に一輝と出会って、長い間共に過ごして来た。食の好みや好きな物も良く知っている。彼の優しさについても。
昔から色んなタイミングで、理沙を助けてくれていた一輝。困った時に支えてくれた男の子。頼れる男性に育ってくれた。
(こんな事、思う資格がウチにはないのに……)
自分から言い出した一輝のシェア。彼に次の恋をさせようと、後押しをしたのに嫉妬心が湧いてしまう。
(ウチはこの気持ちを、抑えていかなアカン。いつかは一輝君から、離れなアカン)
自分は同じバツイチの男性と、再婚を目指すべきである。理沙は理性の部分で、そう考えている。一輝を巻き込むべきではないと。
バツイチの女性をどう評価するか、国や地域よって違っている。一般的に日本では、あまり良い印象を持たれていない。
周囲からの目も、良いとは言えない。やめておいた方が良いと、助言する人だって居るだろう。
だからこそ理沙は、一輝への想いを自ら否定しようとする。抱いてしまった気持ちを、忘れようとしている。
もう少しだけ一輝に愛されていれば、いつか落ち着くと言い聞かせながら。自己矛盾を理解した上で、関係を続けている。
(雫もすぐには結婚なんて、言い出さんやろうし)
幾ら一輝が理想的な相手であったとしても、これまで独身を貫いていた雫だ。すぐさま交際し結婚とまでは至らない。
親友の性格を良く分かっているから、まだ暫く一輝との関係を続けられる。打算とも言える理沙の考え。
ズルズルと引き続き一輝から愛されつつ、無理矢理諦める理由を作る。健全とはとても言えないが、今の理沙に出来る最善の手。
言い訳を続けながら、緩やかに終わりへと向かっていく。自分の心が、いつか冷静になってくれると信じて。
(……まだ帰って来んのかなぁ)
理沙がだらだらと悩みながら過ごしている間に、時間は流れて夕方になっている。晩御飯はいつも通り、2人で食べる予定だ。
一輝が帰って来るのに合わせて、夕食を作り始めないといけない。それを分かっているのに、理沙は動く気になれない。
まだ帰って来ないのかと、ただ一輝からの連絡を待ち続ける。これではいつまでも、一輝から離れられない。
自覚をしていても、理沙はどうしても自分を変えられない。心待ちにしてしまう、一輝が帰って来る時を。
(あっ! 連絡来た!)
一輝からの連絡を、少女のように喜ぶ理沙。まるで学生時代に逆戻りしたのかと、問いたくなる程純粋な気持ち。
憧れていた男子から、連絡が来たと喜んでいるのと変わらない。雫の下から帰って来ると分かっただけで、晴れやかな気持ちになる理沙。
雫が予想した通り、理沙は嫉妬心を確かに覚えていた。自身の好意を無理矢理抑えて、一輝を諦めようとしている。
一輝は半信半疑ながらも、雫のマンションから帰って来た。理沙の家に入るなり、一輝は手厚く理沙から迎えられる。
「ちょっ!? リサ姉!?」
食事よりも先ず一輝だと、理沙は彼に絡み付く。先程までの悩みを、吹き飛ばすかのように。一輝が側にいる、それだけで理沙は嬉しい。
「お帰り~! 待ってたで。次はウチの番や」
「え、え!? もうするの!?」
一輝が帰宅するなり理沙は、彼をベッドまで連れて行く。シャワーをする手間すら省いて、理沙は一輝を押し倒す。
思い悩んでいた分、理沙の心は一輝を求める。いつも以上に激しく、一輝からの愛情を与えて欲しいと。
そして雅樹は、雫の発言が本当かも知れないと実感した。普段は見た事もない程、理沙が自分に甘えて来るから。
気分の問題だったのか、本当に好意を持っているかどうかは、確信を持てなかったが。だが一輝は、今の理沙を可愛いと思った。
こんな風に理沙がなってしまうのなら、雫と関係を持った意味もあると。一輝はもっと、理沙の色んな姿を見たくなった。
「今度はウチを、楽しませてな」
「が、頑張ります」
諦めようとしながらも、結局一輝を求めてしまう理沙。本能に従うまま、理沙は一輝と肌を重ねる。ただのスキンシップと言い聞かせながら。
だがやっている事は、普段よりも激しい。ただ貪欲に一輝を感じようと、強く彼を抱きしめる。口付けを何度も交わす。
求められていると感じた一輝は、より一層理沙を満足させようとする。2人の夜は、まだまだ長く続きそうだ。




