第40話 信じられない提案
思わぬ形で高嶺部長と遭遇した次の日、日曜の朝から俺は信じられない話をされている。
「えっと……ごめんリサ姉、どういう事?」
「いや~だからな、雫ともしてあげて欲しいねん。その、セックスを」
だから何で? どうしてそういう話になったの? 昨日2人で飲んで来て、その結果がこれ?
てっきり2人で楽しい話でもして来たのかと思ったら、意味の分からない提案をされている。
しかもリサ姉の家で朝食を食べながら。状況が迷子過ぎるだろう何だよコレ。
俺が、高嶺部長と? セフレになれと? 朝から話のカロリーが随分と高いな。一体どうしたら良いのだろう。
「えっと……なんで?」
「雫はずっとセフレを探してんねん。ただ長く続かんらしくてな」
そう言えば以前に休みは何をしているのか聞いた時、男漁りなんて言っていた。あれ、冗談じゃなかったの?
ガチでそうだったのかよ。分かるわけないよそんなの。意外……って思うのは失礼なのか?
もっと身持ちが堅そうなイメージだったけど、案外そうでもないみたいだ。
「もちろん食い放題好き放題ではないで? ただ特定の相手が欲しいだけらしいねん。でも彼氏は要らんと」
「まあ……そういう人も居るよね」
あんまり理解はされない生き方だろうけど、男女どちらにもそういう人は居るみたいだ。
リサ姉との関係で悩んだ時に、俺も色々と調べたから。結婚はしたくないけど、彼氏彼女は欲しいという場合もある。
人それぞれの人生観、在り方があるだろうからそれは良い。そもそも俺は非難する資格がない。
リサ姉との関係は言い訳のしようもないぐらい、セフレと呼ぶ繋がり方だ。自分は良くて他人はダメなんて思わない。
ただ2人目を持とうというのは流石になぁ。俺はそもそもリサ姉だけで十分だし、高嶺部長は会社の上司だ。正直かなり気まずい。
「……どうして、俺なの?」
「だって一輝君、雫の好みにピッタリ合うし」
え、ええ? そ、そうなんだ。物好き……いやそれは失礼か。リサ姉だけだと思っていたよ、俺を良いと思ってくれる大人の女性は。
何だろう? 年下が好きなのかな? それともデカい男が好き? ムキムキな男性が好きな女性も居るからなぁ。
強面が好きって可能性もあるのか。俺、結構職質されるからなぁ……。鞄の中を見せるように、巡回中の警察官に言われた事は何度もある。
たまに父さんを知っている警察官と当たって、良く似ていると言われたり。まあそんなエピソードがあるぐらいには厳つい顔だ。
でも仕事中には、全然そんな感じじゃあ無かった。連絡先を交換したけど、プライベートな連絡は来た事が無い。
「しかも知らん相手ちゃうし、性病の心配もないやんか~」
「ま、まあ言いたい事は分かるけど……」
セフレを進んで作るような男性なら、それなりに遊んでいるだろう。どこかで性病を貰って来る可能性は十分ある。
対して俺の場合、関係を持っているのはリサ姉だけ。どちらも性病なんて持っていないから、その心配は全く無い。
高嶺部長が持っていたら別だけど、そこを気にする人が性病持ちの筈がない。病気のリスクはかなり低いだろう。
人格面については今更で、毎週5日会社で会っている者同士。上司と部下である程度、お互いに知っている。
リベンジポルノなどのリスクも、やるような相手かそうでないかは、リサ姉が保証出来る。俺は当然盗撮なんてやらないし。
「でもなんでまた? 俺はリサ姉だけで良いのに」
「年齢は同じ三十路やけど、雫はバツないしな。結婚相手にもエエで。それにウチとばっかりしてるよりも、違う女性も知っておいた方が将来の為になるやん」
それはそうかも知れないけど、何か複雑だなぁ。別に俺はこのままリサ姉と、友達以上恋人未満を続けるだけでも良いし。
このまま2人3人と、都合の良い相手を増やしたいとは思っていない。スタートからして目的が違う。
俺達は破局した者同士、傷の舐め合いをしているだけだ。あれからまだ半年も経っていない。
見えない傷を癒し合うだけの関係だ。何かこの先があるのではなく、停滞を続けるだけでしかないのに。
そこに高嶺部長も参加してしまうと、どうなって行くのか全く分からない。あまり良くなりそうに思えないけど。
「雫の相手は嫌か?」
「そっ、そんな事はないけど……ただ、良いのかなって」
もちろん高嶺部長はとても魅力的な女性だと思うし、セックスをするのが嫌だなんて事は無い。むしろ選んで貰った事が光栄ですらある。
ただそんな関係になる事が、果たして良いのかという疑問と――罪悪感がどうしても残る。俺とリサ姉とは、意味が違って来る。
本当にただ、性的な欲求を解消する為だけの関係になる。他に意味なんてないのだから、正直気後れしてしまう。
あんな綺麗な女性と、性的な目的だけのセックスを行う。興奮よりも困惑が勝ってしまう。喜んで、とはちょっとならない。
「本人がエエって言うてるし、ウチもかまへんし。今日も暇やって言うてたから、会いに行って話して来たらエエやん」
「うーん……まあこんな話、本人と話さないとダメか」
受け入れるかはともかくとして、高嶺部長の居ない所でこんな話をしていても変わらない。ここに居るのはリサ姉と俺だけだ。
断るにしたって、ちゃんと断らないと失礼だよな。魅力的じゃないと思っての返答ではないのだから。変に傷付けたくはない。
ただでさえ会社でも誤解をされている人なんだ、妙な勘違いをさせてしまいたくはない。俺は高嶺部長を綺麗だと思っているのだから。
話し合った上で、どうするのかは決めよう。先ず俺をどう思っているのかも聞いてみないと。
「ほな雫の家の住所、今から送るわ」
リサ姉がスマートフォンを操作して、俺に地図情報を送信して来た。地図アプリを起動して、高嶺部長の家を確認する。
「あ、そんなに遠くないな」
「せやねん。ウチがここを選んだは、雫の家に近いからやねん」
想定外の再会となった理由が、今になって判明した。親友の家からそんなに離れていない物件だったからか。
しかし、今から高嶺部長の家へ? 行っても良いのか? 一旦連絡だけ入れておいた方が良いよな。寝ていたら迷惑だろうし。
とは言っても、何て送る? リサ姉から話を聞いたのですが、確認がしたいので行っても良いですか? って感じかな?
いきなり家に来られても、嫌かも知れないし。そんな相手をセフレには選ばないだろうけどさ。
「あ、高嶺部長は起きていたみたい。来て良いって」
「ほなちょっと行ってきぃや。あ、でも、ウチとする体力も残しといてや」
返答に困る事を言ってくれるなぁ。まだ引き受けると決めてもいないのに。もう俺が引き受ける前提?
リサ姉は本当に嫌じゃないのか? 俺が高嶺部長とも致す事になっても。そりゃ俺は……彼氏じゃないけどさ。
多少なりとも思う事はないのだろうか。俺が逆の立場だったら、ちょっと嫌だけどな。俺以外ともするんだって、思ってしまう。
だけどリサ姉は、普段通り明るい表情で送り出そうとしている。やっぱり俺は、その程度の存在なのかな。
せいぜいセフレになるところまでが限界の男で、独占欲まで発揮する程ではない。たったそれだけの男。
「じゃ、じゃあ、行って来るよ」
「ほなまた夜にな~」
俺のこの気持ちは何なのだろうか。引き留められる事無く送り出された俺は、何だかモヤモヤしてしまう。
少しぐらい嫌がってくれても良いじゃないか。リサ姉以外の女性と、セックスをするかも知れないのに。
今のリサ姉が見せている笑顔は、俺が見たいものじゃない。そんな風に、笑わないで欲しい。本当に良いの?
もし俺が本当に高嶺部長とセフレになっても、笑っていられるのだろうか。それを知るだけの目的で、引き受けてしまいそうだ。




