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第4話 食事のお誘い

 どうやってリサ(ねえ)を誘うか悩んでいたら、もう夕方になってしまっている。

 やっべ米炊いてねぇ。早く米を洗わないと、食べるのが遅くなってしまう。

 そうなると全部が後ろにズレて行って、生活リズムが乱されて行く。

 予定とズレるのはあまり好きじゃない。ここで修正を入れて取り戻そう。

 誘い方については、作業を進めながら考えよう。じっとしていても状況は変わらない。

 

「うし、やるか」


 俺は真っ白な炊飯器ラックに付いている米びつから、米を2合取り出してザルに移す。

 そしてキッチンにあるボウルへセットして、水洗いを開始する。

 何故か家庭科の授業では、ボウルに直接入れて米を洗わされた。

 あれは本当に謎だった。間にザルを噛ませておけば、ボウルの水を簡単に替えられるのに。

 まあこのやり方は、リサ姉から教わった方法だけどさ。他にも色々とリサ姉に教えて貰った事は多い。


(つか何て言って誘う? お昼一緒に食べない、とか?)


 もう暫くは彩智(さち)ぐらいしか、異性をまともに誘っていない。大勢で集まる時に多少あったぐらいで。

 彩智は嫉妬深くて独占欲が強いタイプだったから、下手に女子を誘うと不機嫌になるから。

 お陰様でリサ姉を食事に誘う言葉が思い浮かばない。いや多分、普通で良いとは思うんだけどさ。

 別に下心があるわけじゃなくて、昨日変な事を言って困らせ無かったか知りたいだけだ。

 もし何か言ってしまったのなら、その場合はちゃんと謝りたいし。幾ら酒の席とはいえ、礼儀は礼儀だ。


(いやでもなぁ〜無いとは思うけど、もし怒らせていたらなぁ)


 朝食を作って片付けまでしてくれたから、怒ってはいないと思いたい。

 だけど彩智とは本当に色々あったからなぁ。機嫌が良いのかと思ったら、実は怒っていて察しが悪いと言われた。

 ニコニコと笑いながら、気付かないかなぁ? とか言われた事もあった。


(女性って、難しいもんなぁ)


 もちろん彩智とリサ姉は別人だ。当然考え方や行動も違って来る。

 だから俺が変な事を言っておらず、リサ姉は怒っていない可能性も全然ある。

 ストレートにリサ姉の行動を、そのまま受け取って良いとは思うのだけど。

 でも彩智との間で起きた色々な事が、どうしても裏を考えさせてしまう。

 察しないといけない事が、何処かに隠れているのではないか。そんな風に思ってしまう。


(いやいや、リサ姉はストレートなタイプだろ。昔を思い出せよ)


 どうにも彩智ナイズされてしまっているらしい。言われた事を実践し続けたら、それが当たり前になっていた。

 一旦思考をリセットしよう。彩智は彩智、リサ姉はリサ姉だろう。

 昨日から色々あったから、まだ少し混乱しているのかも知れない。

 今はあくまでリサ姉の事を考えよう。昔から知っている事を考えれば、変な勘違いはしない筈。


 先ずは母性が凄い人だよな。18歳で母親になっただけあって、とても良いお母さんだ。

 元ヤンギャルだから怒ると結構怖いけど、普通にしていると優しくて、とても可愛らしいお母さんだ。

 見た目だけなら性格がキツそうに見えるけど、基本的には穏やかな人である。

 俺から見ると小柄で、女性としてはほぼ平均的な身長。だけど細くてスタイルは抜群。

 料理も上手で、奥さんとして理想的な女性だと俺は思っている。


(…………何か、普通に誘えばオッケー貰えんじゃね?)


 うん、嫌とは言われなさそうだ。フラレたせいで少し卑屈になっていたかも。

 別にデートしようってお誘いじゃなくて、ちょっと昼飯を一緒に食べつつ昨夜の事を聞くだけだ。

 その程度で断固拒否される程に、俺達の関係性は浅くないだろう。

 知り合ってばかりの女性を誘うのではない。10年ぐらい会話を交わして来た相手だ。

 そうと決まれば行動するのみ。洗った米を炊飯器にセットし、スイッチを入れたらスマートフォンを手に取る。


(うーん、明日お昼を食べに行かない? とかで良いかな? あっ、美味しいとこ知ってるから、もいれとくか)


 今思いついた文面で、メッセージアプリを使いリサ姉に連絡する。

 大した連絡でも無いのに、何故か返信を待ってしまう。リサ姉と最後にやり取りをしたのは、年始の挨拶が最後か。

 アプリの画面には、1月1日のやり取りだけが残っている。あの頃はこんな気持ちにならなかったのにな。

 いつもの感じで連絡して、気付いたら返信が来ていた。文面をチェックしたらそれで終わり。

 ただそれだけだったのに、今はどうしてかソワソワしてしまっている。


(ああもう、さっさと晩飯を作って……あっ)


 リサ姉から返事が来た。エエよ〜との一言が書かれている。


「よしっ!」


 あれ? 俺は何をそんなに喜んでいる? 別にお昼を一緒に食べるだけじゃないか。

 確かに初恋の女性で、今でも可愛いと思う。大人の女性としての魅力だってある。

 だけどそれはそれだ。彼女にフラレたからって、はい次の相手と乗り換えるつもりは無い。

 大体相手はリサ姉だぞ? 大切な人だからこそ、そんな都合の良い相手扱いはしたくない。

 それに今は不倫をされて傷付いているだろう。リサ姉だってそんなすぐに、次の恋へとはいけないだろう。


(ああそうか、もう彩智に合わせる必要がないからか……)


 昔から彩智は何故か、リサ姉と話していると怒っていた。付き合う前からずっと。

 相手は結婚しているのだから、どうにかなる筈もないのに。俺だってそんなの分かっていた。

 ただ憧れていただけ。昔好きだった人。それ以上の何かになれる事はない。

 なのに付き合ってからも、彩智はやたらと気にしていた。正直良く分からなかった。

 あまりにも気にするから、仕方なくリサ姉との接触は減らした。もっと話したい事があったのに。


 我慢していた、というのが正直なところだ。交友関係を制限されるのは辛い。

 俺がリサ姉を相手に不倫をしたなら、色々言われるのも無理はない。

 だけど俺達はただ、仲の良いご近所さんでしか無かった。そもそもリサ姉から見た俺は、ただのガキだ。


 今は流石に大人扱いして欲しいけど、当時なんてまだ高校生で未成年だ。

 既婚者で娘もいる大人の女性が、近所のガキを相手に何かする筈ない。エロ漫画じゃないんだから。

 どれだけ彩智に説明しても、理解してはくれなかった。だから仕方がなかった。


(これで元通り、って事だよな)


 厳密に言えば元通りじゃないけど、昔の様に接する事が出来るんだ。

 それがきっと、嬉しいと思った理由だろう。抑圧からの解放? みたいな感じ。

 そう思うとこれまで、色々と制限を受けていた。彩智の言う事を優先して来たから。

 こうなったのは悲しいけど、良かったのかも知れない。彩智はもう、俺とリサ姉の関係を気にしないで良い。

 俺も彩智を気にして、リサ姉への態度を変えなくて良い。お互いに無理をする必要は無くなった。


(そうだよな……これで良かったんだ)


 フラレた相手の事を引き摺るのは良くないしな。今でもショックだけど、あんまり考え過ぎも良くない。

 昨日みたいに、リサ姉と2人でお酒を飲むのも良い。一緒に飯を食うのも良い。

 成人した俺が、既婚者のリサ姉と昔みたいに接するのは問題がある。

 だけどリサ姉は離婚して独り身だ。そして俺も彼女は居なくなった。

 誰に憚るでもなく、自由に過ごしても誰が文句を言えようか。


 それにさあ、女心ってヤツが分からなくなった。暫くは気兼ねなく過ごしたい。

 良く知らない女性は分からないけど、リサ姉が相手なら変な気を遣わなくて良い。

 そりゃあ多少なりとも下心はあるさ。でも俺が選ばれるとは思わない。


 きっとリサ姉から見た俺は、今も変わらずただの弟分だろう。恋愛対象じゃない筈だ。

 もし選んでくれるなら、光栄だし嬉しいと思う。だけどきっとそんな未来は来ない。

 でもそれで構わない。かつて憧れたお姉さんは、憧れのまま終わる。そんなもんだろ人生なんて。

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