第22話 抗えない誘い
リサ姉と2人で食事をした後は、何となく繁華街を見て回る事にした。
お互いに買いたい物もあったから、丁度いいかと2人で色々な店をハシゴする。
もう当たり前のように腕を組んでいるが、俺はこれが未だに慣れない。
何故ならリサ姉はとてもスタイルが良い。より具体的に言うなら、胸が大きい。
この前それとなく聞いてみたら、Hカップだと言っていた。重くて大変らしい。
確かに凄い重量だったけどさ。滅茶苦茶柔らかいし、最高の感触だった。
妊娠した事で2カップ大きくなり、そのまま戻らなかったそうだ。
凄い話だ。いやもう本当に、凄いとしか言えない。女体の神秘ってやつだろう。
「あ! ちょっとそこのお店入って良い? 大きめのサイズ置いてくれてるねんな」
「別に構わ……え?」
リサ姉が指差しているのは、どう見てもランジェリーショップだ。
華やかな下着が沢山並んでいて、目のやり場に困ってしまう。
「あ、あそこ?」
「あれ? 入った事ない? 彼女おったのに?」
何故逆に入った事があるとお思いで? え? 普通は入るの? そうなの?
世の中のカップルってそうだったの? 彩智は一緒に連れて行こうとしなかったけど。
多分女友達と一緒に行くか、1人で買い物をしていた筈だ。俺は一度も入っていない。
「まあまあ、大丈夫やて。彼氏や旦那連れて入る人もおるし」
「いや、でも……」
何だか悪い事をしている気がしてしまう。女性だけの空間というか、男子禁制というか。
そこにズカズカと入って行くのは躊躇われる。いやもちろんリサ姉がどんなのを買うかとか、気になりはするけれども。
「いや、やっぱり表で待つよ!」
「そう? ほな行って来るし待ってて」
興味がないって事はないけど、それはあくまでリサ姉が着ているもの限定だ。
名前も知らない不特定多数の女性まで、この目で見たいなんて思わない。
リサ姉の胸について考えているタイミングだったから、誘惑に負けそうだったけど踏み留まった。
それにまだ知らない方が、後での楽しみになるとも思うからね。
ボーッとそんな事を考えている内に、リサ姉がランジェリーショップから出て来た。
「お待たせ〜。どんなん買ったか気になる?」
イタズラっぽい表情で、リサ姉が尋ねて来た。
「……そりゃまあ、気にはなるよ」
今の関係になってから、何度も見た下着姿のリサ姉。どれも魅力的で全く飽きない。
色んな姿を見てみたいと思ってしまう。リサ姉は何を着ていても美しいから。
「ふふ、その内見せてあげるな」
「う、うん……」
一体何を買ったんだろうか本当に。所謂勝負下着とか? 滅茶苦茶布地が少ないヤツ?
どんな物であったとしても、結局目を奪われる事になるんだけどさ。
そんなセンシティブな事もありつつ、俺達のデートは続いて行く。
「せや、お箸とか歯ブラシも買わへん? どっちの家にもあった方が楽やし」
確かに言われてみたらそうだな。どうせ毎週どちらかの家で、寝食を共にしている。
実質的な同棲状態なのだから、置いておく方が便利なのは間違いない。
「そうだよね、高い物でもないし」
話が決まれば早いもので、雑貨屋の入った商業ビルへと向かう。
ペアモノの商品が並ぶ所に行くと、同じ様な若い男女が何組も居た。
まあ俺達はカップルではないけれど。あくまでセフレでしかない。
だけどこうして見ると、彼らと俺達の違いは見た目では分からない。
案外彼らの中にも、セフレでしかない2人も居るかも知れない。
どちらかが二股をしているかも知れない。そんなのは他人からは分からないものだ。
「なあなあ、コレ可愛くない?」
「猫のマグカップか〜確かにデザインは良いね」
黒猫と白猫のシンプルなマグカップが置かれている。取手の部分が猫の尻尾になっているみたいだ。
リサ姉は見た目こそキツそうに見えるけど、こんな風に可愛い物が好きだ。
そういう女性らしい所はちゃんとある。むしろ可愛い要素の方が多い。
「あ、コレもエエやん! 何か目移りしてまうな」
リサ姉は楽しそうに商品を選んでいる。嬉しそうで良かった。少しは心の傷も癒えているのだろうか。
俺に出来る事なら、何でもやってあげたい。出来るだけ涙を流さなくて済むように。
俺の傷はせいぜい6年だけど、リサ姉は倍の12年だ。どれだけ辛いのか、想像もつかない。
大概俺だってまだ引き摺っている。次の恋愛なんて、出来るのだろうか?
変にセフレの関係になってしまったが為に、恋心という物が分からなくなった。
フラレた事で、恋人という関係も分からなくなった。何が良くて何が悪いのだろうか。
「あ、リサ姉、イルカの箸置きがあるよ」
「うわ〜めっちゃエエやん! でも箸置きなんて使わんしなぁ……」
リサ姉と付き合えたら光栄だけど、俺は果たして彼女を愛しているのか?
ちゃんと愛せるのか? また失敗をして、フラレてしまわないか?
確かに俺はリサ姉が好きだけど、これは恋愛感情か? ただの性欲じゃないのか?
分からない事があり過ぎる。所詮は人生で1回だけ、彼女が出来ただけの男でしかない。
色々と経験値が足りていない。1人しか女性をまともに知らない。
「これ以上は流石に買いすぎやな。この辺にしよか」
「荷物は俺が持つよ」
2人でレジへと向かい、会計を済ませる。お互いが使う物だから、半額ずつ支払った。
商業ビルを出て再び繁華街を歩いていく。結構色々と見て回ったな。
時間は16時過ぎと、それなりに良い時間となっていた。もうそろそろ帰っても良いか。
そう提案をしようと思った所で、リサ姉が腕を引っ張って来た。
「なあ、ちょっと休まへん?」
「良いけど、どこで……」
違う、そういう意味じゃない。リサ姉の言う休むは言葉通りじゃない。
繁華街の中にひっそりと佇む建物。休憩の料金と、宿泊の料金の書かれた看板が掲げられている。
「り、リサ姉が良いなら……」
「ほな、行こか」
少し恥ずかしそうに、リサ姉は微笑んでいる。そうして俺は人生で初めて、ラブホテルに入った。
どんな所かは多少知っているけど、利用の仕方がイマイチ分かっていない。
それを知っているからか、リサ姉がリードしてくれている。
部屋番号のスイッチを押すと、壁の矢印が奥へ行けと示している。
表示に従い先に進むと、エレベーターが1基あり降りて来ている。
そのまま乗り込み2人で3階へ向かう。外に居た時よりも、リサ姉の距離が近い。
明らかに意図してそうしているのが分かる。リサ姉は頭を俺の肩に預けて来た。
エレベーターが到着すると、再び壁の矢印に従いランプの点灯している部屋に入る。
入ってすぐに精算機が壁に設置されていた。なるほど、こういうシステムなのか。
「なあ一輝君……」
荷物を床に下していると、リサ姉が後ろから抱き着いて来る。今日は一段と積極的だ。
俺が床に膝をついて居るから、リサ姉の頭がすぐ真後ろにある。
「どうしたの?」
何が彼女をそうさせるのか、どういう心境なのか知りたくなった。
「同棲を始めるカップルみたいやったからさ、そういう気分になってもうてな」
「う、うん。そうだね」
それは俺も思っていたけど、敢えて言わなかった事だ。俺達は恋人同士じゃない。
セフレなんて言う、都合の良い関係でしかない。友達以上恋人未満な中途半端な間柄。
「せやからさ、今だけはウチを彼女やと思ってしてくれへん?」
俺の耳元で、リサ姉がそんな事を囁いた。気がつけば俺は、立ち上がってリサ姉を抱き締めていた。
多分きっと、リサ姉が求めているのは愛情だ。裏切られた傷跡を、少しでも塞いで欲しいのだろう。
だって俺も、同じ事を思ったから。今だけはリサ姉が、俺を彼氏だと思ってくれたら。
でもそれは今この時間だけの関係性。分かっているそんな事は。百も承知している。
それでも俺達は、今までに無い程に盛り上がった。仮初の愛情を、必死で交換した。




