第21話 映画の後に
恋愛映画はあんまり観ないジャンルだったけど、思ったよりも悪くは無かった。
俺が高嶺部長と恋愛するようなものかと思えば、何となく共感は出来たかな。
もちろん高嶺部長が俺を恋愛対象として見るわけがないのだけれども。
あくまでイメージの話だ。そんな感じかなぁって思ったというだけ。
そう言えば高嶺部長は結婚されているのかな? 少なくとも指輪はしていなかったけど。
「結構おもろかったなぁ!」
リサ姉は満足出来たらしく、ニコニコと笑っている。俺と腕を組みながら。
「良い話だったよね」
ペアシート専用のシアターを出て、俺達は入場口へと向かって歩いて行く。
出る時に係員のお姉さんにドリンクとポップコーンの入れ物を渡してロビーに出る。
特にグッズを買う予定はないので、そのまま映画館の外へ。繁華街に出ると沢山の人が居る。
GWなだけあって、色んな年齢層の人達が歩いている。観光地ではないからか、外国人観光客は少ない。
観光地は大変らしいけど、この辺りは殆ど無縁だ。それでも来ている外国人観光客は、何を楽しみに来ているのだろうか? 特に何もない街なのに。
「この後はどうしよっか? もうちょいウロウロする?」
「そうだね。お昼でも食べてく?」
地方都市とは言え、繁華街に出ればそれなりに色々とある。飲食店にショッピングモール、家電量販店やアパレルショップ。
遊んで回ろうと思えばどうとでも出来る。せっかく来たのだから、もう少しリサ姉と過ごしたい。
「エエよ〜何食べる〜?」
こうしていると本当にリサ姉が彼女になったみたいだ。実際はそんな関係じゃないけど。
多分周囲から見ればカップルに見えている……筈だ。そうであったなら嬉しい。
恋人のようでそうではない、そんな曖昧な関係であろうと、リサ姉が可愛い事実は変わらない。
こうして連休を一緒に過ごせるのなら、何だって構わない。いつか将来、こんな関係では居られなくなるまでの間だけでも。
「オススメのお好み焼き屋があるんだ。どうかな?」
「お、エエやん! いこいこ!」
お好み焼きはリサ姉の好物だ。結構前に見つけて、いつか教えてあげようと思っていた。
関西風のお好み焼き屋だから、リサ姉の好みに合う筈だ。広島風じゃないし。
関西人ではない俺には良く分からないが、リサ姉が言うには広島風だとちょっと違うらしい。
関西風と広島風の違い、というか拘り? そういう何かがあるみたいだ。
「ウチがお好み焼き好きやから、調べといてくれたん?」
ちょっとイタズラっぽい表情で、リサ姉が隣から聞いて来る。
「そうだよ。大学時代に見つけたんだ。もっと早く教えたかったんだけどね」
「……冗談のつもりやったのに」
リサ姉が何かを言ったみたいだけど、周囲の喧騒に紛れて良く聞こえなかった。
「今なんて?」
「何でもあらへんよ! 楽しみやな〜」
良く分からないけどリサ姉が嬉しそうだから、まあ別に良いか。
喜んで貰えるなら何でもオッケーだ。俺はただこの人に笑っていて欲しいだけだ。
辛い想いをしたリサ姉が、昔みたいに暮らせる日が来て欲しい。
こんな関係になったから、リサ姉と一緒に寝る機会が増えた。そして見てしまった。
眠りながらリサ姉が、涙を流している事に。きっとまだまだ、傷は癒えていないのだろう。
「その店は結構良い感じだったよ。明太チーズぶた玉とかもあってさ」
俺に出来るのは、こんな事ぐらいしかない。本当の意味では、リサ姉を救えない。
俺はリサ姉にとっての、白馬の王子様ではないのだから。その役目は俺の担当じゃない。
「美味しいやつやん。ハズレへんよな明太チーズは」
傷付いたお姫様を支える……そう、執事とかそんな立ち位置だ。脇役なんだよきっと。
「もうちょいだった筈…………あった! ここだよ」
チェーン店ではなく、個人経営のお好み焼き屋。良かったまだ潰れていなくて。
繁華街の店は数年でガラッと入れ替わる事も珍しくない。維持費も高いだろうからね。
「へぇ〜お店の雰囲気は悪くないなぁ」
天翔と書かれた看板に、タッチ式の自動ドア。如何にも個人経営なこぢんまりとしたお店だ。
しかしそれでも、周囲に沢山ある飲食チェーンにも負けず続けられている。
地元で人気の名店と言った感じだろうか。こんな感じのお店が俺は結構好きだ。
「予約はしてないけど、多分大丈夫だと思う」
「ほな入ろか」
リサ姉に腕を引かれながら、俺達は店内に入る。残念ながら満席だったけど、待機スペースにはまだ誰もいない。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「2人です」
店員さんとやりとりをして、メニュー表を受け取る。先に選ばせてくれるみたいだ。
2人で待機スペースのパイプ椅子に座りながら、メニュー表を確認していく。
「京風て、ホンマかぁ? 店長さんが京都人なんかな?」
少し疑うような表情で、リサ姉はメニューを見ている。京都生まれとしては気になるのだろう。
「それは分からないけど、結構美味しかったよ」
どの辺りが京風なのかは良く分からなかった。ただ少し、リサ姉の味付けに近い気がしたのを覚えている。
あの当時リサ姉に紹介しようと思ったのは、それが主な理由だった。
「あ、これが言うてた明太チーズかぁ。確かに美味しそうや」
「でしょ、実際かなり良かったよ」
柔道部の友人達と来ていたから、結構な量を頼んだ。お陰で色々と食べる事が出来た。
「あ、このイカのゲソも良い感じだったよ。ポン酢で味付けしてあってさ」
「サイドメニューも豊富やなぁ。ウチ知らんかったわこんな店があったなんて」
自由時間が多い大学生と違って、小さな子供が居るお母さんでは自由度が違う。
リサ姉はほぼ毎日杏奈ちゃんと一緒だったから、簡単には遊びに出掛けられない。
こんな遠くまで、来ている余裕は無かっただろう。俺の実家がある辺りからだと、電車で1時間は掛かるし。
「仕方ないよ、前の家からは遠いしね」
「大体近所で済ませてたしなぁ。ウチは免許もないし」
車の免許が必須と言われる地方都市ながら、リサ姉はチャリオンリーだ。
パワフルというか、気合というか。地方の子持ちとしては珍しいタイプだと思う。
それでも何とかなっていたのは、本当にリサ姉が頑張っていたからだ。
「懐かしいね、ママチャリで爆走するリサ姉」
すげぇなと思いながらも、あの頃は良く見送っていた。母は強しと言わんばかりの背中を。
「もうあんな体力ないわ。あんなん若い内しか出来ひん」
「今でも若々しいけどね」
30歳という節目で色々と変わるらしい。その話は良く聞く。次は40歳で、その次は50歳。
人間は歳を取る毎に、徐々に老化していく。老化のスタートは25歳らしいが本当だろうか?
少なくとも今のリサ姉からは、老いと言うべき何かは感じない。
むしろ成熟した大人の女性が持つ、妖艶さが魅力を押し上げているぐらいだ。
「一輝君いつもそう言うてくれるから、勘違いしてまいそうやわ」
勘違いじゃないと思うんだけど、リサ姉は心から信じてはくれない。
全然20代で通用する見た目をしているのに。やっぱり30歳というのは、女性からすると大きいのかな。
「あ、席が空いたみたいだ」
「あんまり待たんで済んだなぁ」
リサ姉との雑談を中断して、お座敷の席へと向かう。4人掛けの席へ2人で座る。
リサ姉が京都の人だからか、和室が妙に似合うんだよな昔から。見た目はギャルだけど。
「ほな何から頼む〜?」
「リサ姉の好きなヤツからで良いよ。残ったら俺が食べるし」
昔はリサ姉と一緒に食事なんて、間接キスを超意識していたのに。
それが今では気にならない。大人になったのもあるけど、それ以上に今の関係が大きい。
まさかあのリサ姉とこんな関係になるなんて。あの頃の俺が知ったらどう思うのだろうな?




