第20話 受け入れてしまえば案外平気
交際はしない。あくまでお互いを傷を癒やし合うだけ。そう受け入れてしまえば、案外慣れて行く。
GW3日目となり、リサ姉と今度は映画を観に出掛けている。2日目はその…………殆ど1日中をベッドで過ごした。
朝からずっと、ただセックスをしていた。合間に休憩を挟んで、食事をしてまたベッドへ。
俺とリサ姉がそれぞれ負った悲しみと、出来てしまった心の隙間。お互いに癒し合い、ひたすら埋めあった。
性的な満足感以上に、精神的充足感が凄く高い。そんな1日を過ごしたからか、俺は以前より割り切って考えられるようになって来た。
俺達はこうやって、お互いの溝を埋め合う関係だと。どちらかに本命が出来た時、終わりにする間柄だ。
「ごめんなぁお待たせ〜」
映画館のトイレに行っていたリサ姉が、男子トイレの近くに居る俺の所へやって来た。
「大丈夫だよ。ボーッとしてただけだし」
今日のリサ姉はタンクトップにオフショルダーのカーディガン、そしてデニム生地のロングスカートで決めている。
黒のキャップと大きめのサングラスが、とても良く似合っている。たまに周囲の男性達がリサ姉を見ているぐらいだ。
そりゃあ地方の映画館に、こんな美女が居たらビックリするよな。
芸能人とかモデルをやっていてもおかしくないレベルだからね。背も高めでスタイルも抜群だ。
「ほなチケット買おか」
「そうだね。流石に良い席はないかも知れないけど」
2人でチケットを買う為の端末に向かう。リサ姉が見たがったのは、最近話題の恋愛映画だ。
タイトルは『愛と空の彼方に』という日本の映画だ。内容は夫を亡くしたバリキャリ上司と、新人の若い会社員の恋愛を描いたもの。
ベテラン女優と若手人気俳優が主役を演じており、そういう意味でも注目されている。
内容がとても良いらしく、働く女性達から物凄い人気があるみたいだ。
「なあ一輝君、こっちのシアターにせん?」
「え? どれ?」
リサ姉が示したのは、普通のシアターではなくペアシートのシアターだ。
ペアシートというのは世間で言うところのカップルシートだ。席の間に肘置きがなく、2人一緒に座れるアレだ。
いつの間にやら地方都市に過ぎないうちの県にも、こんな都会的なものが導入されていたのか。
「これやったら隣気にせんでエエやん?」
いやまあそうだろうけどさ。真ん中で寄り添っていたら、隣の席に座るカップルを気にしないで済む。
「い、良いけど」
「ほなそうしよっか」
ペアシートといい映画の内容といい、他意は無いんだよね? そうだよねリサ姉?
そんなつもりじゃないと分かっているけど、他の男性にまでこんな思わせ振りな対応をしたら大変だよ。
職場で同じ事をしてしまわないか不安だ。俺だからだよね? そうだよね?
「よし、じゃあ時間まで待ってよか」
「ポップコーンとかは?」
杏奈ちゃんを連れて映画を観に行った時は、リサ姉が良く買っていた。
俺や杏奈ちゃんの為だとは思うけど、リサ姉も食べていたしなぁ。
「お昼前やしなぁ……食べ過ぎると太るやん?」
いやあんだけ綺麗なクビレを持つ人が、何をどう太るというのか。まるで分からない。
「リサ姉が太ったところを見た事ないけど?」
「ちゃうねん、ウチすぐ脂肪になるんやで! 頑張ってんねんこれでも」
確かに好き嫌いしているところは見た事がない。栄養バランスの取れた食事ばかりだ。
それは昔も今も変わっていない。俺が知らない所で、ダイエットとかしていたのかな?
「あ、でも一輝君が食べるんやったら買うで?」
ちょっと期待を込めた目で見て来るリサ姉。食べたいんじゃん! 買う理由が欲しいだけじゃん! 可愛いなあもう。
「まあ、うん。俺は食べたいかな」
「ほなしゃーないね! ちょこっとだけ貰おうかな」
映画館に来ただけで、こうも可愛い姿を見せて来るのか。いや待て、思えば昔からそうだったな。
お父さんには内緒やでとか、パパには内緒やでとか良くやっていたな。
だから魅力を感じていたんだよ。リサ姉と映画館に来るのが久し振りだから忘れていた。
娘が観たがった映画を観に来て、終わったら滅茶苦茶泣いていた事もあった。
見た目は厳しそうなギャル系ママなのに、アニメ映画で感動してガチ泣き。
そんなのはいつもの事で、可愛さと見た目のギャップが凄いんだ。
「一輝君、ドリンクは何がエエ?」
「俺、自分で払うよ?」
俺の方が金銭的な余裕があるから、無理に奢ってくれなくて良いのに。
「今日はウチが我儘言う日やから、これぐらいはさせてや」
笑顔でそんな事を言われると、断るのは悪い気がしてしまう。俺はどこまでもこのお姉さんに弱い。
「ま、まあ、リサ姉がそう言うなら」
2人でカウンターに並んで、ドリンクとポップコーンを購入した。俺が選んだのはコーラで、リサ姉はジンジャーエールだ。
リサ姉は昔からどこに行っても、必ずジンジャーエールを選ぶ。無い店の場合はコーヒー。
何度も一緒に出掛けたから、リサ姉の好みは大体把握している。好きな食べ物なんかも含めて。
「あ、あそこのベンチ空いてんで」
「本当だ。座らせて貰おう」
例えば好きな主食はお好み焼きだ。リサ姉の中では、お好み焼きはおかずらしいけど。
実に関西人らしい好みをしていると思う。お好み焼きがおかず理論は……未だに良く分からないけど。
関西だとそう主張する人は多いらしい。ラーメンとチャーハンをセットにするのと同じ感覚だろうか。
でもあれは米と汁物だから成り立つだけで、米とお好み焼きはまた違うんじゃないかなぁ。
「あ、もう入れるって放送してるで」
俺が昔の事を思い出している間に、シアターに入れる時間となっていた。
「おっと、じゃあ行こうか」
コーラとポップコーンを持ち、リサ姉と入場手続きを済ます。
ペアシートのシアターは3番だ。2人で取った座席へと向かう。
へぇ、カップルシートってこんな感じなのか。ただ映画を観るだけにしては少し豪華だ。
2人掛けのソファに似た座席となっていて、座り心地が良さそうだ。
「G-22やで」
「オッケー」
代金とペアシートに1人で座る事に耐えられるなら、単独で利用する価値もあるかも知れない。
俺は絶対にやりたくないけど。周りはカップルだらけなのに、俺は男1人の空間。あまりに居た堪れない。
今回はリサ姉と2人だから、そんな事を気にする必要はないけどさ。
目的の座席に着いた俺達は、ドリンクホルダーにドリンクをセットして2人で座る。
「な、何か新鮮やなコレ」
「利用した事無かったの?」
てっきり家族で利用した事があるのだと思っていた。既婚者だったわけだし。
「初めてやねんウチ。一輝君は経験者ちゃうん?」
「彩智はあんまり映画を観ないタイプだから。サブスクで良いって」
そっか、リサ姉も初めてだったのか。それはちょっと嬉しいかも知れない。
恋愛における大体の事を経験済みのリサ姉から、初めての経験を1つ引き出した。
そう言う事はあまり気にしていないけど、これは少しだけ喜ばしい。
「凭れてもエエかな?」
「ど、どうぞ」
周囲に居る普通のカップルと同じ様に、肩を寄せ合って席に座っている。
リサ姉の感触と温もり、そして甘い良い匂いが俺の全神経質を刺激する。
これで映画なんて頭に入って来るのか? あんまり自信がないぞ。
昨日の件もあるから、どうしても性的な意識をしてしまう。
以前と違って肉体関係を持ったせいで、どうしても余計な意識をしてしまう。
憧れのお姉さんとより親しくなった反面、この点については明確なデメリットだ。
余計な意識をしない様に注意しつつ、俺は誘惑と戦いながら映画を鑑賞した。




