第18話 憧れのお姉さんはやっぱり可愛い
漫画に出て来る様な典型的なナンパ野郎達を追い払った後、注目されてしまったから俺達は場所を変えた。
全然違う位置のベンチに座り、2人でホットドッグを食べる事にする。
「もうホンマごめんなぁ」
リサ姉が申し訳なさそうに謝っている。どうして謝るのだろう? リサ姉は何も悪くない。
「謝らないでよ、リサ姉のせいじゃないし」
「せやけど、油断してたんは確かやし。普通三十路をナンパなんてすると思わんやん。もっと若い子一杯おるし」
いやまあ、言いたい事は分かるけどね? でも正直ナンパした連中の審美眼だけは評価出来る。
「あの、リサ姉って美人だからね? 中身は凄く可愛いし」
一見性格のキツいギャルに見えなくもない。実際怒った時は結構ストレートに物を言う。
でもそれと魅力的かどうかは別の話で、リサ姉と付き合いたいと思う男性は多いだろう。
俺だって恋愛対象に見てくれるなら、本気で交際を目指すよもちろん。都合のいい関係で終わらせずに。
「か、可愛いって……そんなん言うてくれるの、一輝君ぐらいやで?」
だからそういう所が可愛いんだけどなぁ。何で俺だけ? 元旦那の高田さんは言わなかったのか?
「今まで言われなかった? こんなに可愛いのに?」
俺には分からない。リサ姉の人柄を知って、可愛いと思わないなんて有り得ない。
美人だと言う外見しか、価値を見出せていないのか? そんな勿体ない話はないだろう。
人間の魅力は中身を含めてだ。というより中身こそ重要だ。見た目だけで済むなら、全員で整形すれば良い。
だけど世の中に目を向ければ、整形しても上手く行っていない人は多い。
父親も昔から言っていた。ガワだけを整えても、中身は変わらないと。
刑事として色んな人達を見て来たからの意見だろう。人柄こそが大事だと、良く聞かされた。
「そら綺麗とかは言われたけどや。可愛いは一輝ぐらいやて……ホンマに可愛いと思ってくれてるん?」
「そうだよ。昔からずっと」
初恋をしたぐらいだからね。この人は可愛いなと、10年以上前から思って来た。
「そ、そうなんや……あ、ありがとう」
今のはレアなリアクションだ。ガチで照れているリサ姉は中々見られない。
「うん、だからそういう所ね」
止めてよ、本当に惚れてしまいそうだ。都合の良い関係で居ようと言われているのに。
リサ姉は俺と付き合うつもりがない。だから本気になっても仕方がない。
俺達はあくまでセフレであり、愛し合う関係にはならないのだから。
「も、もう! 何の話か分からんやんか!」
ペチペチとリサ姉が俺の肩を叩く。いちいち行動が可愛いんだよな本当に。
「リサ姉が魅力的だから、ナンパされるのも当然って話では?」
「何か今日の一輝君、積極的過ぎひん?」
そんな事はないと思うけど。口説き落とそうとしているのではない。
ただ事実を指摘しているだけで、何もおかしな事は言っていないんだけどな。
敢えて言うなら、ナンパ野郎がリサ姉に触れたから腹が立ちはしている。
別に俺は彼氏じゃないけどさ、何か嫌なんだよね。勝手に知らない奴がリサ姉に触るなんてさ。
「まあとにかく、リサ姉は気をつけてね。三十路とか関係ないよ」
「そ、そうなん? さっきのが偶然やのうて?」
そうですと俺は強く頷く。リサ姉のこういう所は不安だ。少し自覚が足りていない。
バツイチとか三十路とか、その程度で自分の価値が著しく下がると思っている。
落ちるわけがないのに。俺は再会してからもずっと、リサ姉を魅力的なお姉さんだと思っている。
こんな人と付き合えたなら、毎日が幸せだろうなと思う。そうなる人が、羨ましくてたまらない。
「さ、そろそろ行こうよ。イルカショー、見るんでしょ?」
昼食を食べ終わった俺達は、ベンチから立ち上がって再び移動を始める。
心なしかリサ姉の距離が、さっきまでより近い気がする。気のせいかも知れないけど。
「14時からやし、早めに行って待っとこうや」
「そうだね」
イルカショーが行われる大プールまで歩いて行き、開演を待ちながらリサ姉と談笑する。
同じように待っている人達がそれなりに居る。荷物を持って1人立っている男性陣は、多分父親なのだろう。
家族達に順番取りを任されて、放置という感じかな? ちょっと可哀想だ。
「こんなゆっくり出来るんは、杏奈がおらんからやねんな……」
待機役をやらされているお父さん達を見て、リサ姉も思う所があったのだろう。
「そう、だね」
リサ姉の一家と家族ぐるみで付き合いがあったから、育児に奮闘する姿は見て来た。
いつも自由な杏奈ちゃんに、中々手を焼かされていたのを知っている。
賢い子なんだけど、その分好奇心も旺盛だったから。今頃はどうしているだろうか。
「……正直な、あの子がこれで幸せなんやったら、それでもエエかなと思うねん」
リサ姉は少し遠い目をして、娘の幸せを願う。離婚をしても、やっぱりお母さんだな。
「アイツは社長やし、ウチより稼ぎは多い。シングルマザーの娘をやるより、選べる将来は多いもん」
「リサ姉……」
沢山の愛情を杏奈ちゃんに向けて来たのを知っている。夜泣きに悩まされて、睡眠不足だった頃があった。
離乳食への移行が上手く行かずに、大変な毎日を送っていた。
保育園の送り迎えだって、大変だったみたいだ。たまに同行したから知っている。
まだ遊びたくて帰りたくないと、杏奈ちゃんが訴える姿を見た。
母親としてリサ姉が生きて来た日々を、俺は知っているから。だからリサ姉の辛さは、たぶん相当なものだろう。
「あとはもう、ウチみたいに男選びを間違わんでくれたらな。それだけや」
リサ姉はある程度割り切れたのか、自分なりの結論を出したらしい。
娘と共に過ごす日々は終わったけど、幸せでいてくれればそれで良いと。
「一輝君みたいな男の子やったらなぁ…………一輝君、杏奈と結婚せぇへん?」
「流石に12歳は……」
結婚可能年齢ですらない今の内から、そんな事を言われても困ってしまう。
リサ姉の娘だから、将来とても綺麗になるのは確定だけどね。でも未成年だからね。
「そらそうか、まだ早いか」
「せめて20歳にはなってくれないと。いやでも、俺が30歳か……」
ちょっと10歳年下の女の子は…………あ、そうか。リサ姉から見たら、俺も似たようなものか。
他の女性を選べと言うのも分かってしまった。そりゃそうだ。俺が杏奈ちゃんと付き合うのと同じか。
こんな風にデートをしてくれているだけ、幸せだと思わないとな。
高嶺の花以前に、結構な年齢差があるんだ。流石にガキ扱いではないけれど、恋愛対象ではないだろう。
将来杏奈ちゃんが綺麗になると今考えているように、リサ姉が俺を褒めてくれるのも同じだ。
それと恋愛感情は関係ない。ちょっと褒められたぐらいで、勘違いをしてはいけない。
「ま、まあ考えといてや。一輝君やったら、杏奈の相手として合格やし」
「う、うん……」
合格だと言うなら、リサ姉が自身が俺を選んでくれたりしないのかな? なんて考えてはいけない。
それはまた別だろう。余計な勘違いは止めろ。そういう意図で、リサ姉は話していないのだから。
「あ、ほら、入場出来るみたいやで!」
「よ、よし。行こうか」
座席に座ってイルカショーが始まるのを待つ。少し微妙だった空気も、ショーが始まれば消え去った。
イルカを見て喜んでいるリサ姉は、今日1番の可愛さを見せている。
この笑顔を見られるなら、俺の立ち位置なんてどうでも良い。そう思う事にしただろう。
俺はただリサ姉の幸せを願うだけ。それだけで良いのだから。
それ以上なんて、願える立場じゃない。だから今だけは、この人が笑っている所を楽しもう。
12年前から曇る事なく、輝き続ける憧れのお姉さんの姿を見ていよう。




