第16話 いつもと違う空気感
リサ姉と相談して決めたGWの予定。初日は最近出来たばかりの、県内に出来た水族館へ行く。
2人でマンションを出て、電車に乗って移動する。今日も服装には気合いを入れている。
いつものブランドで買ったワインレッドのカーディガンに、どこかの街並みの風景がプリントされたTシャツ。
ライトブラウンのスラックスに、スポーツブランドのスニーカー。
上から下まで合計すれば、1万円は軽く超える。これぐらいはやらないと、リサ姉の美しさに釣り合わないだろう。
ここまでやっても釣り合っているかは、正直微妙なところだけどね。
だって今日のリサ姉も、バッチリ決めて来ている。少しヘソが見えるグレーのベアトップに、短いデニムスカート。
いつもの金髪のショートカットをヘアアレンジして、少しふんわりと仕上げている。
もちろんメイクはバッチリで、派手なメイクが小麦色の肌に良く合っている。
「なんかこういうの久しぶりやわぁ! いつもは娘を見てなアカンかったし」
「あ~、確かにそうだよね」
リサ姉は12年前からずっと育児をしていた。殆どの時間を娘の為に使ってきた。
こんな風に自由な遠出をする機会なんて、数える程しか無かった筈だ。
それが嬉しいのは分かるけど、何故腕を組む必要があるのだろうか?
この前若く見られたから、今日もその目的で? 役得なので歓迎するけど、距離感に戸惑う。
リサ姉と肉体関係を持ってから、以前よりもリサ姉の距離が近くなった。
嬉しいけど、判断に困るというか。俺達は付き合っていない。それは間違いない。
付き合うならバツのある自分以外を選べと、リサ姉はハッキリと言っている。
あくまでもこの関係は、ただ都合の良い関係でしかないと。それは分かっているけれど。
「ウチな、イルカが好きやねんかぁ。イルカショー楽しみやわぁ」
「そう言えば昔、携帯電話にイルカのストラップをつけてたよね」
懐かしいな携帯電話なんて。俺がリサ姉と出会った頃は、ギリギリスマートフォンへ世間が移行していない頃だ。
あまり機械に詳しくないリサ姉が、スマートフォンに変えたのは結構後だ。
確か俺が高校生になった後だったと思う。使い方が分からないと聞かれた事が何度かある。
「覚えてくれてたんや? そうやねんな〜あのストラップは失くしてもうてな」
「今日行くマリンパークなら、色々売っているんじゃない?」
もうすぐ到着する駅から、歩いて10分ぐらいでマリンパークという水族館が入ったテーマパークに行ける。
結構大きいみたいだから、グッズも色々置いているだろう。イルカは特に人気があるだろうし。
シャチやイルカ、ペンギン辺りは先ずあると思って良い。マニアックな生き物でもない限り、商品化されていない可能性は低い。
最近じゃあオオサンショウウオとかダイオウグソクムシとか、マニアックなグッズもあるけれど。
「着いたみたいやなぁ、はよ行こ!」
「う、うん」
楽しみでたまらないという雰囲気で、リサ姉が笑いながら俺の腕を引く。
可愛すぎるだろうこの人。30歳の大人の魅力と、可愛らしい表情が組み合わさり最強だ。
やっぱり初恋の人だから、特別に見えるのだろうか? 初めてを捧げた人だから?
男性は初恋の人や初めての相手を、特別視する傾向にあるらしい。
俺もやっぱりそうなのだろうか? でもリサ姉が美人なのは俺の思い込みじゃない。
同級生の友人達が、羨ましがっていたからな。あんな美人が隣に居て良いなと。
それに俺が可愛いと思えていればそれで良い。リサ姉と仲良く出来ていれば、それだけで十分。
リサ姉と改札を出て、マリンパークへ向かう。改札を出る為に一度腕を離したのに、再びリサ姉は腕を組んで来た。
「一輝君、エエ匂いすんなぁ。どこの香水つこてるん?」
リサ姉が俺の胸元辺りに顔を近付けて、軽く匂いを嗅いでいる。
「ブランド物じゃなくて、女性向けの商品なんだよ。インテリアにも使えるヤツ」
俺はスマートフォンを操作して、いつも使っているネットショップの商品ページを見せる。
金魚鉢のような入れ物に、香水が入っている。見た目がオシャレで、匂いもキツすぎないから愛用している。
「へぇ〜こんなんあるんやなぁ。いつもヴィオーラしか使わんから知らんかったわ」
リサ姉が好きな高級ブランド、ヴィオーラは海外の一流メーカーだ。
衣類にバッグ、香水など様々な商品を取り扱っている。リサ姉みたいなギャル系の女性が、良く買っている印象だ。
2人で雑談をしながら、マリンパークへ歩いていく。周囲にカップルや家族連れが増えて来た。
この辺りにいる人達は、皆マリンパークへ行くのだろうか? やっぱり出来たばかりだから、入場者は多いだろうし。
「結構凄い人やんか〜」
「うん、混みそうだね」
ある程度は覚悟していたけど、これは中々に大変そうだ。想像以上に人が多い。
まだ開園前だと言うのに、待機列が出来ている。リサ姉と2人で最後尾に並ぶ。
水族館も入っているテーマパークだからか、家族連れがとても多い。連休だというのもあるだろう。
「新しいトコが出来ると、やっぱ人多いなぁ」
「入場まで結構掛かりそうだね」
だけど別に苦ではない。リサ姉と雑談をしていれば良いだけだからね。
そんなの1時間掛かったとしても構わない。まだGWは始まったばかりだ。
「そう言えばリサ姉、新しい仕事決まったんだよね?」
「せやねん! 整骨院の受付をやるねん」
なるほどなぁ、地方でやる仕事としてはそれ程悪くない就職先だ。
スナックで働いたりするよりも、安定した収入を見込めるだろう。
聞いてみれば月27万の給料が貰えるらしい。俺とあまり変わらないじゃないか。
歯医者や整骨院の受付は、給料が良いと聞いた事があるけど思った以上だ。
「ウチらのマンションから近いし、怪我とかしたら言うてや」
「へぇそうなんだ? 腰とか痛めたら言うよ」
今はもう柔道をやっていないから、怪我をする可能性は以前程ない。
ただ受付嬢をしているリサ姉を、ちょっと見てみたい気はする。看護師とは違うけど、制服姿ってなんか良いよね。
そう言うマニアックなプレイがしたい訳じゃないけどさ。新鮮さっていうかね?
俺はリサ姉の私服姿しか殆ど見た事がないから、いつもと違う格好を見てみたいだけだ。
私服姿も似合っているけど、それとはまた違う。浴衣姿とかも、見てみたいと思う。
「でもホンマ、一輝君とデートする日が来るなんてなぁ」
「え? これデートで良いの?」
そんな風に見てくれていたの? 弟分と出掛けているとか、そんな感じかと思っていた。
「そらそうやんか。男女で出掛けてるんやから」
何を言っているのかと、リサ姉は不思議そうにしている。そっか、これデートだと思ってくれているのか。。
男として扱って貰えないと思っていたけど、ちゃんと異性として扱ってくれているんだ。
「てっきり弟分扱いかと……」
「前まではそうやったけど、今はちゃうよ」
そうだったのか。俺はリサ姉を慰めている弟分じゃなかったのか。
ちゃんと1人の男性として、見てくれていたのか。少し驚いていると、リサ姉が耳を貸すように指示してくる。
「あんだけ男らしいところを見せられたら、もう弟分には見えへんて」
抑えられた声だったが、しっかりと聞こえた。リサ姉は少し恥ずかしそうにしている。
これはつまり、そういう事で良いのか? 肉体関係を持った事で、異性扱いに格上げされたと?
あの日から俺は、弟分扱いでは無かったのか。だからこうして、腕も組んでいると。
「何か嬉しいな、リサ姉に男として見て貰えるのが」
「も、もう! その話はエエやん今は!」
照れているリサ姉があまりにも可愛い。初恋のお姉さんに、男性として見て貰えた。
いつまでも弟分扱いだと思っていたのに。ただの弟分に慰められているのではなく、異性との関係として捉えてくれた。
それがこんなにも嬉しいなんて、思ってもみなかった。それはそれとして、今はって、どういう意味?




