第13話 変わった認識
まだ日が出たばかりの朝、東雲理沙は目を覚ました。そして昨夜自分が、何をしたのか思い出す。
全裸のままの自分と、同じく裸で寝ている間島一輝が隣に居る。
お互いに酔っていたのは分かっている。幾ら考えたところで過去は変わらない。
起き上がった理沙は、ベッドに座り一輝を見る。
(やってもうたなぁ……)
ここ最近一輝が理沙の支えになっていた。励ましてくれるのが嬉しかった。
褒めてくれるのが照れ臭くて、でも一輝と居るのは楽しくて。
自分を異性として意識している一輝に気付き、理沙は勢いで彼の初めてを頂いた。
ちょっとだけ優越感を得たかったのもあるだろう。女としての自信を失いかけていただけに。
一輝のように一生懸命で、誠実な男性の初めてを貰う。それは女性としての自信を取り戻すには、十分過ぎる勲章と成り得る。
こんなに素敵な男性が、異性として興味を持ってくれた。精神的満足感は高い。
(にしても初恋がウチやったって、ホンマなんかなぁ?)
行為の最中に、一輝が自分から明かした過去。単なる性欲だけで、こんな事をしているのではない。
それを示したくて、彼は秘密を話した。理沙は自分にとって、特別な女性であるのだと。
だから嬉しくて、行為に及んだ。相手が理沙じゃなければ、こんな風にはならないと本音を告げた。
セックスが出来るなら、誰でも良いとは思っていない。誘われたのが憧れのお姉さんだからであると。
必死に一輝はそれを訴えた。30歳の理沙が初めての人で光栄だとも。
(あんな熱心に求められたのは、いつ以来やろうか?)
まだ眠る一輝を見て、理沙は過去を振り返る。もう5年以上は、元旦那と男女の関係にない。
それが理沙の現状で、愛されているという実感が無かった。事実不倫をされており、愛など本当に無かった。
対して一輝はどうだったかと言えば、かつての想いをストレートに向けて来た。
今でも憧れの女性なのだと、素直に話していた。恋心ではないとしても、親愛の情は感じられた。
本当に心から、大切にしてくれていると理沙は感じた。若い情熱は、理沙の心を強く刺激した。
(アカンて、本気になったらアカン。ウチはバツイチや、一輝君にはもっと相応しい相手がいる)
お互いに裸のまま眠ってしまう程に、熱い夜を過ごした2人。まだ若い一輝は、体力が満ち溢れている。
2人が何度も果てるまで、行為は繰り返された。性的な満足感は、あまりにも高かった。
そのせいで理沙は、一輝への認識を強制的に変えさせられてしまった。
魅力的な男の子なのは、昔から知っている。だけど昔は既婚者だったから、恋愛対象として見ていなかった。
でも現在は独身で、一輝はとても魅力的な異性である。それを昨夜思い知らされた。
一輝は理沙を女性として、満足させてくれる相手であると。しかし自分は30歳のバツイチ。
22歳の未来ある一輝には、とても相応しいと思えない。もっと若いバツの無い女性は、世の中に沢山いる。
(分かってるねん。分かってるねんけど……)
昨夜の記憶が、理沙の頭から消えない。忘れる事が出来そうにない。
いつの間にか立派な男性へ成長していた男の子が、力強く抱きしめてくれた感覚。
必死で満足させようと、初めてなりに頑張る姿が愛おしく思えた。
全て今の理沙が欲しかったもので、失ってしまったものだった。
優しくて温かい言葉が、理沙の心を癒してくれた。ぽっかり空いた穴に、しっかりと嵌った。
何もかも全て、解消されたのではない。だけど確かに届いたのだ。理沙の心の奥にまで。
(可愛い寝顔してんねんから)
理沙はまだ寝ている一輝の、温かい頬を軽く撫でる。この体温が、冷めた理沙の心を温めた。
物理的にも精神的にも、足りない理沙を満たしてくれた。
恋愛対象としての愛ではない。だが深い情は感じられた。かつて恋した相手への想いだ。
これまでに理沙が肉体関係を持った誰よりも、雑念がない真っ直ぐな感情。
辛い想いをしたからこそ、なお一層強く感じたのもあるだろう。
マイナスからの大逆転で、理沙は一輝を意識せざるを得ない。
(もう少しぐらい、エエやろか?)
以前と同じ考えが、理沙の頭に浮かぶ。いつか一輝がまた恋をするまで、寄りかかっても良いだろうかと。
自分以外の相応しい女性と、一輝が出会うその日まで。それまでの間だけ、一輝に満たして貰おうと。
その関係は決して恋人とは言えない。ストレートに言えばセックスフレンド。
ただ都合の良い相手。それでも今の理沙にとっては、とても有難い存在。
一輝の初恋と憧れを利用するだけの、良いとは言えない関係性。
可愛い弟分を、振り回す様な行為。だけど願ってしまう。求めてしまう、一輝が与えてくれる喜びを。
魅力的だと、褒めてくれる。リサ姉は可愛いと、認めてくれる。
女性としてのプライドを滅茶苦茶にされた理沙には、これほどクリティカルな相手は他にいない。
(悪い女やわぁ)
愛おしそうに一輝の頭を撫でた後、理沙は寝ている彼にキスをした。
それだけで鼓動が跳ねるのを理沙は感じた。だがその気持ちは封印すべきもの。
あくまで秘めたままで、一輝と関係を持ち続ける。それだけで良いと、理沙は心を決める。
「あ、あれ? リサ姉?」
理沙の気配を感じた一輝が、目を覚ました。いつもより早い時間で、アラームは鳴っていない。
「おはよう一輝君」
布団で隠してはいても、明らかに全裸だと一輝にも分かった。そして全てを思い出す。
思わず飛び起きて、真っ先に謝罪を口にする。理沙に向かって頭を下げる。
「あ! その、ゴメン! 俺また酔っ払って――」
「エエんよ。その、ウチも久しぶりに満足出来たから」
恥ずかしそうに、理沙は本音を打ち明ける。その姿が一輝には、とても可愛く見えた。
「お、俺、手を出したからには責任を――」
「それはエエって。バツイチと付き合えなんて言わへんよ」
またしても理沙は、一輝の言い分を遮り否定する。責任なんて取る必要はないと。
それでも尚責任を取ろうとする一輝を理沙は止める。そんなつもりで、彼と肉体関係を持ったのではないと。
「そう思うんやったら、これからも相手してくれへん? 一輝君にな、寂しさを埋めて欲しいねん。良く知らん人とするのは……ちょっと嫌やし」
「でも、そんな関係なんて……俺は……」
一輝としては、性欲に負けて手を出した。だからその責任を取って、交際する道を選ぼうとする。
流石に結婚して養える程に、余裕があるとは言えない。でもせめて、付き合うぐらいはと。
確かに酔ってはいたけれど、誰でも良いと思って行為に及んだのではない。
魅力的な女性だと言うのは、本気で思っているからと。誠意として、関係を結ぶべきだ。
一輝はそう考えているが、理沙はそれを否定する。都合の良い関係で留めておこうと。
「俺は本当に、リサ姉が魅力的な人だって、思っているから」
一輝は理沙の両肩を掴み、真剣な表情でそんな事を言う。それがまた理沙の心を刺激する。
理沙は一輝に正面から抱きついて、彼の胸元に顔を埋める。それだけで温かいものが、胸の奥から込み上げて来る。
強い安心感が、理沙を満たしていく。理沙の求める温もりが、すぐそこにある。
こわごわと一輝が、そんな理沙を優しく抱きしめる。2人はお互いに、心の隙間を埋めていく。
理沙は先程のように、一輝にキスをする。しかし先程よりも、かなり長い口付けだ。
「あ、もう元気な感じ?」
「いやその、これは朝だから…………うん、まあ。正直そう」
若い男性なら、当たり前に起きる生理現象。しかし今の一輝は、それだけではない。
「一輝君、何時から朝の準備するん?」
「いつもは7時だから、まだ1時間ぐらい余裕はあるよ」
そう答えた一輝を、理沙はベッドに押し倒す。まだ時間は午前5時半過ぎ。
昨夜の余韻に浸りつつ、2人はお互いを求め合った。一輝の設定したアラームが、スマートフォンを鳴らすまで。




