第11話 同期との昼食
社会人になって2週間が経過し、だいぶ仕事には慣れて来た。結構大変ではあるけど。
それでも何とか業務をこなし、毎日を過ごしている。リサ姉の存在が、大きな支えになっているのは否めない。
少々辛い事があっても、家に帰ればリサ姉との楽しい時間が待っている。
今日だってリサ姉が作ってくれたお弁当がある。これから休憩室で、美味しく頂くつもりだ。
「おーい間島、こっちだ!」
「ああ、今行く」
俺を呼んでいるのは同期の西川春樹。細身で髪の長い明るい奴だ。シャープな輪郭をした、結構なイケメンだ。
絶対にモテるだろうなと確信出来るし、実際女性社員からよく声をかけられている。
だいたい最初は怖がられる俺とは真逆のタイプだ。優しそうな雰囲気で、背が高く対応も丁寧。
絵に描いた様な、モテる男性のロールモデルとも言うべき存在だろう。
「あれ? 今日はいつもと違うな?」
「え? ああまあ、うん」
最近までお弁当という程、ちゃんとした物を持って来ていなかった。
夜や朝の余り物を詰め合わせた、弁当っぽい何か。しかし今日になって俺は、ちゃんとしたお弁当を広げている。
真っ白な長テーブルを挟んで、対面に座る西川が疑問に思うのも無理はない。
さあ食べようというタイミングで、1人の女性社員が近付いて来た。
「ねぇ、私も良いかな?」
「構わないよ」
西川が対応したのは、同じく同期の中沢真実。平均的な身長をした、可愛らしい女性。
短い黒髪に小さな丸顔、タイトスカートが良く似合う細い足。
それでいてスタイルは中々に良く、均整の取れたバランスの良い体型をしている。
しかも明るくて接しやすく、彼女もまた良くモテるであろう同期である。
「あれ? 間島君、今日のお弁当何か違うね?」
「まあね、そういう時もある」
彼らと仲良くなったのは、社員研修を受けていた時だ。それ以来良くこうして、一緒に行動している。
2人に比べると俺は見劣りすると思うけど、だからって何か不都合があるわけでもなし。
昔から2人のようなタイプと仲良くなる事が多かったし、今更気にする事でもない。
「あそっか、間島君って彼女居たよね? 愛妻弁当だね」
そうだった、2人にはまだ話していなかった。こんなタイミングで明かすのもなぁ。
でも話しておかないとややこしいよな? 微妙な空気にはなるだろうけど、致し方ないか。
「いや、彼女にはフラレた。今は独り身だよ」
「え、そうなの? うわ〜何かごめん」
大丈夫だよと一言添えておき、この話はさっさと終わらせる。飯時にいつまでも続ける話じゃない。
そもそも明かしておかなかった俺が悪い。リサ姉との再会もあり、浮かれていたのは否めない。
中沢さんには一切の非がないのだ。気に病む必要なんてない。むしろ笑ってくれて良いぐらいだ。
「じゃあ間島が自分で?」
西川の質問に何と答えるべきか。変に嘘をつくと、今後が面倒かも知れないし。
「実は隣に知り合いが引っ越して来てさ。自分のお昼のついでにって」
「えぇ〜羨ましいなぁ。私もそんな知り合い欲しい」
それについては俺も幸運だったと思う。フラレたのは不運だったけど、まさに不幸中の幸いだ。
「どんな人なんだ?」
「昔からの知り合いでさ。お姉ちゃんみたいな感じかな」
西川の質問に答えるなら、これが1番無難だろう。実際そんな感じだし。
あくまで関係性で言えばね。初恋の人である事までは、いちいち言わなくても良いだろう。
それにしても、リサ姉のお弁当は美味い。流石は母親と言った所か。
ジューシーなからあげに、甘めの卵焼き。野菜炒めは冷めていても美味しい。
流石にシュウマイは冷凍だろうけど、それぐらい気にしない。
「そう言えば間島君、高嶺部長が教育係なんでしょう? 大丈夫? …………結構怖いって聞いたけど」
後半はかなりボリュームを抑えた発言だった。社内に居る以上は、本人と遭遇する可能性がある。妥当な判断だと思う。
「いや? 全然普通だけど。体育会系にはもっと厳しい先生居るし」
「そこ基準だと判断に困るなぁ」
ある程度厳しいのは当たり前だろう。ここは学校じゃなくて、会社という組織なのだから。
俺は激甘の上司より、高嶺部長みたいなタイプの方が良い。それに優しい所もある人だしな。
「この前、浜田課長を激詰めしてたって聞いたよ?」
「あ、それ俺も聞いた」
2人がそんな事を言うが、高嶺部長が激詰めしていた? そんな事あったか………………あ。
「それ、発注ミスがあってさ。危うく倍の量を仕入れる所だったんだよ」
たまたま高嶺部長が書類を確認したから、ギリギリで発覚して事なきを得た。
鯛の切り身20kgを発注する予定だったのが、何故か40kgになっていた。
しかも確認する筈の課長が承認してしまっていて、もう少しで通ってしまう所だった。
「それでまあ、ちゃんと確認して下さいと伝えに言ったという話」
俺は一緒に行動していたから、何が起きていたのか知っている。確かに結構怒っていたなぁ。
その後を俺は知らないから、結末までは知らなかった。しかも噂になっているのか。
「あ、あ〜。そりゃ語気も荒くなるか」
「浜田課長の髪が余計薄くなっちゃうよ」
やめてあげて頭髪の話は。確かに浜田課長は薄いけども。それだけ大変なんだよきっと。
そんな話を挟みつつ、俺達はお昼休憩を過ごす。いつも通りの光景だ。
毎日一緒にお昼とはいかないけど、週に3回ぐらいはこんな感じだ。
それぞれ部署が違うから、必ず同じタイミングで社内に居るとは限らない。
西川は企画部だし、中沢さんは商品開発部だ。そして俺は営業部。1番社内に居ないのは俺だ。
高嶺部長とお昼を取る日も同じぐらいある。大体週に2〜3回ほど。
お陰で少し、美人な上司と仲良くなれた気がする。役得というやつだろうか。
「ねぇねぇ、今度3人でお酒飲まない?」
中沢さんがそんな提案をする。それはそれで面白そうだ。悪い気はしない。
「俺は良いけど、間島はどうする?」
「俺も構わないよ」
飲み会なんて最近行けていなかった。大学時代の友人達は、それぞれバラバラの土地に住んでいる。
集まろうと思うと、土日か連休ぐらいじゃないと難しい。それに土日はゆっくり過ごしたい。
もう少し仕事に慣れれば、そんな余力も生まれるだろうけどね。
「2人とも嫌いなものある? アレルギーとかは?」
中沢さんが色々と話を進めていく。彼女はどうやら、幹事とか率先してやるタイプだな。
遊びに行く計画を決めるのが好きな人って居るからなぁ。予定を埋めたがるというか。
バイタリティに溢れていて羨ましい。俺なんてリサ姉を誘うだけでも色々悩むぐらいなのに。
中沢さんの行動力を少し分けて欲しいよ。またどこか、リサ姉と2人で行きたいな。
めちゃくちゃ癒やされるんだんなぁ、リサ姉と一緒に居ると。マイナスイオンとか、多分出ている。
「て事で、間島君もオッケー?」
「え? あ、ああ。良いよ」
話を半分ほど聞いていなかった。だけど日時は聞いていたから大丈夫だろう。
最悪目的地が分からなくなったら、西川に連絡すれば何とかなる。
そんな話をしている内に、お昼休みは終わりを迎える。俺達はそれぞれの仕事に戻る。
「間島君、午後の外回りに行くわよ」
営業部に戻ると、高嶺部長が待っていた。元々その予定だったので問題はない。
「はい、よろしくお願いします」
やっぱり噂とは違うよなぁ。変なイメージが先行しているのか?
確かにキリッとした人だし、クールな雰囲気が怖く見えるのかも知れないけどさ。
良くないよなぁ、見た目だけで判断しちゃうのは。よし、せっかくだから今度の飲み会では、2人に高嶺部長の良い所を話しておこう。
外見だけで怖がられるのは……悲しいからな。俺はそれを良く分かっている。
少なくとも俺は、高嶺部長の味方でいよう。面倒を見て貰っているお礼も込めて。




