その7 再開
夕方降り始めた雨は、雷を伴ってまたたく間に豪雨になった。
酒場で早めの晩飯にありついていた連中は、げんなりして、急いでかき込むなり、席を立つなりし始める。
逆に雨宿りのために入ってきた数人もいる。
酒場は大抵、客を泊める部屋を持っている。
酔い潰れた客を寝かせておくためのものだが、本業ではないので、部屋の程度は低く、宿泊料は高めだ。
泊まりたい、と酒場の亭主に告げたから、おそらく他の宿は満室だったのだろう。
二人連れは、部屋を確保すると、夕食のためにテーブルについた。
他の客は、ほぼ帰った。雨が壁を打つ音だけがうるさい。
「御役目ですかい。」
亭主が、酒の瓶をだしながら声をかける。
二人連れが剣を帯びているだけではない。王都軍の徽章のついた指輪をしているせいでもあった。王都軍の騎士が仕事で宿泊する場合、絶対に代金を踏み倒されない保証がある。現金で払えない場合でも、指輪をハンコ代わりに証文につけば、役所で金に換えてくれる。
「まあな。明日早く発つんだが、朝飯を頼めるか。」
「いやぁ。うちは夜が遅い分、朝は遅いんで。」
「そうか。仕方ないな。」
しばらくして、夕食が運ばれてくると、騎士の一人が亭主に聞いた。
「念のため聞くんだが、この辺りに最近、十六・七の娘が来てはいないか?髪は茶色で背丈は中ぐらい。」
「うーむ。見ませんな。こんな田舎の村でも、まあまあ広い。それにうちみたいな酒場じゃ、娘っこの方で近寄りませんからな。」
それはそうだな、と話は流れていく。
隅の方で、最後に残っていた客が席を立った。
「なんだ、帰るの。」
酌をしていた酒場女が、意外そうにその客を見た。
「このまま飲んでても、泊まれそうにないからな。」
「だったら、私の部屋においでよぉ。そう言ってるじゃないの。」
「へへ。ま、そのうちな。」
相当飲んだらしい千鳥足の客が、テーブルに銀貨を放って店を出て行く。
その後姿を見た騎士の一人が、ぎょっとして立ち上がり、慌てて後を追った。
「待て!いや、あの!ちょっと!」
戸口を出る所を、肩を掴んで引き止める。
「小隊長殿ではありませんか?」
「そんな偉そうな人に見えるかねぇ。」
客の男はへへっと笑って、振り向かずに出ていこうとする。
「副官だったイルスです。」
騎士は食い下がる。
「いやいや、お武家様に知り合いはいませんて。」
軽く流して男は、掴まれた肩をぐいっと引き剥がす。しかしイルスも負けていない。引き剥がしにかかった手を逆に掴んだ。
「見間違うはずないでしょ。エシル殿。聞いて下さい。タニア様の事です。」
その言葉に、男は動きを止めた。
「・・知らん名前だな。」
中途半端な抵抗を、イルスは無視した。
「先月、王宮を出されて以降の、タニア様の消息が分からないのです。」
「は。」
大柄な男はイルスを振り向いた。
やはりエシルだった。
髪も無精髭も伸ばし放題、二年前のすっきりした男前とは程遠いが、エシルには違いなかった。
「やはり小隊長殿でしたか。」
イルスはホッとして、掴んでいた腕を離した。
エシルは苦々しげに舌打ちした。
「俺はもう、小隊長じゃねぇ。それより聞かせろ。タニアがどうした。王宮を出されたって何だ。」
まぁ座りましょう、と促されて、エシルは渋々手近の椅子に座る。
イルスは、連れの騎士は自分の従弟で、今の副官だと紹介した。
そして何から話を始めるか、少し考えてから、口火を切る。
「タニア様は、後宮に入られた後、王太子妃殿下と大変折り合いが悪くいらっしゃって、先月、王太子殿下が寝込まれている折に、とうとうお城から出されておしまいになられました。」
「何だと。」
怒るというより、呆気に取られて、エシルはつぶやく。イルスは続けた。
「妃殿下は、タニア様を馬車でご実家に送られたそうなんですが、ご実家には今は誰もいらっしゃらず、タニア様もそのまま行方不明に。」
「誰もいないだと?」
イルスは頷いた。
「弟君は、学問所の寮に入られていて、父君は去年、肺の病で身罷られたとか。」
エシルは絶句した。
イルスは気の毒そうにそれを見やる。
「王太子殿下がそれをお知りになって、我々に後を追うように命ぜられましたが、今の所手掛かり無しです。」
エシルが急に立ち上がったので、逃げるつもりかとイルスがギョッとするが、酒場の亭主に水を頼んだだけで、また座り直した。
しばらく考える。
「側室になったんなら、恩賞があるだろう。金はどうした。両替商の線で追えないのか。」
「タニア様は、恩賞があることを知らないのではないかと、愚考致します。」
「つまり、どこからも金が引き出されてない?」
イルスは首肯する。
「いくつか宝飾品を売った事が分かっています。」
王太子妃は、タニアを追い出すときに、身の回りの物をあらかた持たせた。そこからタニアは、お金になりそうな物を売ったらしい。
しかし、おそらく手持ちの金はそれだけだ。
なんてことだ。




