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鷲羽国物語 〜異世界救済2 救済されない世界の話  作者: たかなしコとり


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その5 手紙

翌朝、まだ暗いうちから王都を発つ。

アレンダ侯領まで、騎兵のみでも丸二日かかる。馬を走らせれば一日で着くが、今回のような緊急性が低い場合、馬を痛めるようなことはしない。

隊全体に、なんで他の奴の尻拭いを、という雰囲気が漂っている。

「おら、だらだらすんな。」

エシルが喝を入れる。

「でも小隊長殿、今から行ったって、逃げられて終わりっすよ。」

副隊長のイルスがぼやく。


エシルが若いので、隊全体が若い。と言っても半数はエシルよりは年上だ。エルデム将軍の息子だから、なったばかりの小隊長を何とか立ててくれている、という感じがする。

「ぼやいてたってしょうがねぇ。これもまた武勲を立てる好機だろう。さくっと片付けて、一杯やろう。」

「小隊長の奢りっすか?」

「任せろ。」

「っしゃあ!約束っすよ。」


平地に住めば盗賊、山を根城にすれば山賊と呼ばれるだけの違いだが、山賊は近隣からの流民が多く、盗賊は鷲羽国出身のならず者が多い。

出自が違うから、結託することはほとんどない。

今回、盗賊の捕虜を山賊が助けたような具合になっているが、ほぼ偶然だろうと思われる。

問題は、通常兵士と見れば隠れてしまうはずの山賊が、むしろ手向かってきた、ということだった。


経験の浅いエシルには、ほとんど何が起こっているか分からない。

しかしさすがに中隊長は勘づいている。

「羊蹄国の方で何かあったかな。」

「何かとは?」

「例えば、羊蹄国で大きく山賊狩りをしたとする。天羽山脈に巣食う山賊どもが、追い散らされてこちらに流れて来る。玉突きで、元からいた山賊どもが平地に出て来る。」

まあ、例えばの話だ、と中隊長は続けた。


険しい山地に阻まれているので、鷲羽国と羊蹄国の間に戦争が起こることは滅多にない。

むしろ内海を挟んだ西側の対岸に、牧架国という国があり、そこと海峡の支配権をめぐって争うことが多い。もっともここ十年ほどは、牧架国内の内紛とそこに付け込んだ西側の国との争いで、こちらには手が回らないらしく、一時的に平和を保っている。

南の砂嶺国とは、お互いに不可侵の盟約を結んでいる。


大きな戦争がない事はいい事だが、若手に出世の機会が巡って来づらいということでもある。

こういう盗賊・山賊退治で手柄を立てないと、なかなか昇進できない。

自分だけ昇進して妬まれるのは避けたいので、次の手柄は誰かに譲ってもいいと、エシルは内心考えている。


しかし正直、手柄を立てるどころか、逃げた盗賊を追うのも容易ではなかった。アレンダ侯軍と合流し、捕虜を取り逃がした場所から手がかりを追ったが、元々盗賊どもがアジトにしていた廃屋を見つけたものの、無論もう誰も残っておらず、それ以上の事は見つけられなかった。


捕虜に盗賊のアジトの情報を吐かせる、という当初の目的は、別の形で達成したものの、逃げた捕虜の行方は杳として知れない。

「どうする。」

「これ以上は、時間の無駄だな。」

中隊長同士の話し合いで、一時撤退となった。

誰も華々しい活躍が出来なかったので、不完全燃焼の気配が強いが、それもまた仕方がない。


「やれやれ、くたびれ損だ。」

ぶつくさ言いながら、王都への帰還準備をしているところに、手紙が届いた。盗賊を追って転々としたので、追いつくのにずいぶん時間がかかったらしい。

サディナからだ。

珍しい。

親父が倒れたか?と急いで封を切ると、恐ろしく汚い走り書きでこうあった。


『タニアが王宮へ出仕することになりそう。」


は?


しばらく字面を眺めたまま、考え込む。

全く意味が分からない。

タニアはうちの使用人だ。そこを飛び越えて王宮へ仕えるなんてありえない。

タニアがうちを辞めた?

まさか。

辞めて、どんな伝手で王宮に仕える?


しかしわざわざサディナが知らせて来るからには、それは事実に違いない。

何が起こった?

ものすごく気になるが、中隊長を差し置いて勝手に王都へ戻る訳にも行かない。

後始末を高速で片付けて、母が風邪を引いたらしいのが心配で、とか何とか言い訳を取り繕って、自分の小隊だけ先に出発させてもらう。

じりじりと街道を進むこと丸一日。


やっとの思いで自宅に戻ってくると、サディナが暗い顔で出迎えた。

「遅いわよ。」

「何があった。」

「翡翠の君が突然来て、タニアを自分の侍女にしたいってお父様に申し出たの。」


翡翠の君は、今の王太子だ。昔、王位継承権争いに巻き込まれ、毒を盛られたせいで、今でも体調が良くないし、あまり王宮から出てこない。顔色の悪い、陰気な青年だ。二つ上だが、学問所で机を並べた事もある。


予想もしない出来事に、エシルは二の句が継げない。

「それで。」

王子付きの侍女といえば、つまりほぼ妾妃のことだった。本当の世話係なら、同性の侍従がついている。

「相手は王太子殿下ですもの。お父様が断るわけないでしょ。四日前に迎えの馬車が来て、タニアはそれで王宮に向かったわ。それっきり。」

「俺が嫁にするって、親父には言ってたはずだ。」

「それ、タニアにちゃんと言った?」


妹が眉を寄せて見て来るのを、エシルは直視できない。

そう言えば、タニアの誕生日に言おうと思っていた。

が、遠征に出ている間に、誕生日はとっくに過ぎてしまった。

黙っている兄に、サディナはため息をついた。

「やっぱりね。『エシル様と特にお約束したことはありません』、てタニアは言ったらしいわよ。あの子としては断る理由がないわよね。」


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