その2 十四になったら
普段、住み込みでサディナの侍女を務めるタニアが、こうやって実家に度々帰るのには理由がある。
サディナの乳母だったタニアの母は、弟を産むときの産褥で死に、国王軍でエルデム将軍の配下だった父は、盗賊退治に出陣した折に深手を負って片足を失い、今は恩給で何とか食いつないでいる状態である。
気の毒がったサディナの母アイカが、タニアをサディナの侍女として雇って、その給金でやっと家が回っている。
女中を雇う余裕はない。
女手が圧倒的に足りないので、こうやって暇を見ては実家に戻って、たまった家事を全力でこなしている。
「兄様あての手紙が、手紙箱の中に一杯溜まっているので、お休みの間にちゃんとお返事出してくださいね。」
並んで歩きながら、タニアがエシルを見上げた。
タニアの家族が住んでいるのは、騎士階級の住む区画の中でも、一番商業区に近い辺り。小さな家が並ぶ。徒歩では四半刻かかるが、ゆっくり話しながら歩くにはちょうどいい。
「なんだ。どうせ昼食会の誘いだろう。全部捨てておけばいい。」
ほぼ毎日届く、何かしらの招待状は、エシルが留守の間溜まり続けている。十日も留守にしたら、きっと文箱にいっぱいになっているだろう。
一通ずつ返事を書くのは、恐ろしく面倒くさい。
「無精したら、アイカ様に叱られますよ。」
「じゃあ、家令のヤウスに任せる。」
「もー。またそんなこと言って。」
タニアは困ったように眉毛を下げた。
そんな表情も可愛い。
「心配するな。それより、もうすぐ十四の誕生日だな。」
あと半月後に、タニアは十四歳になる。
本当ならそろそろお茶会や昼食会を開いて、同じ騎士階級の子息に招待状を送ったり、あるいは送られたりする頃である。が、彼女はまだ一度もそういったことがない。
うちは貧乏だから仕方ないです、と言っていたと、妹のサディナに聞いた。
それは違う。
エシルが全力で止めている。
タニアの父には、「エルデム将軍家できちんと面倒見るから、縁談の心配はいらない。」と言ってある。だから昼食会も開かれないし、他からの招待状もタニアの目には触れない。
しかし本人は、どこからも縁談が来ないことに、寂しさとか失望とかを抱えているようだった。
そこに関しては、罪悪感がないわけではない。
だけど。
タニアの妖精みたいな軽い足取りを見て思う。
他の男どもに見せたら、ヤバい。絶対他にも求婚者が現れる。それはイヤだ。
普段サディナの侍女として、ほぼ屋敷から出ない生活だから安心していられるけど、こうやって半月に一度彼女が実家に戻る時は、行き帰りが本当に心配になる。可能な限りこうやって護衛しているけど、仕事上間に合わない時もある。
自分がいない時は、外に出ないで欲しいぐらいなのに。
サディナには「過保護」と笑われている。
「誕生日には、その、何か欲しいものがあるか?」
聞いてみる。
「欲しい物・・。ええと。えー。新しい・・お鍋、とか。」
タニアが一生懸命考える様子が可愛い。でも、鍋。
「鍋かぁ。」
「あの、あ、えーと、ごめんなさい。つい。」
エシルの声の中の、がっかり感を感じ取って、タニアは肩を縮める。
「いや。お前が欲しい物だったら、それでいい。どんなのが良いかよく分からないから、一緒に買いに行こう。」
エシルは機嫌よくそう言った。タニアの表情が輝いた。
「ありがとう、兄様!あ、ごめんなさい。ありがとうございます。この前またお鍋に穴が開いちゃって、直してもらったんだけど、やっぱり新しいのが欲しいな、と思ってたの。」
キラキラの笑顔も可愛い。
抱きしめたいのをなんとか我慢する。
十四の誕生日になったら、求婚しようと決めている。
この前、盗賊退治の報奨で、小隊長に昇進した。それでやっと父の許しを得た。それまでは、やはり同じ将軍家から嫁を取ったほうが良いと、散々突っぱねられていたのだ。
父の気持ちも分からないではない。
貴族には貴族にしかない色々な慣習があり、心得ていないと恥をかいたり仲間外れにされたりすることも多い。
貴族はほぼ顔ぶれが変わらないものの、稀に事故死や戦死なので、思いがけないところから跡継ぎを用意せざるを得ないこともあり、そう言った時は本当に苦労すると聞く。
奥方同士の付き合いとかもあるだろう。タニアにも苦労させるかもしれない。それを思うと辛い。
でも、もう彼女以外には考えられない。




