その19 家督
王宮まで、馬を飛ばして四半刻かかる。人の多い通りをゆっくり進めば、その倍は時間がかかった。
もう今日は、タニアのところまで行けまい。
呼び出されたのは、国王の執務室だった。
公的な謁見室ではなかったので、少し安心する。
「参りました。」
執務室に座っている国王に、声をかけて部屋に入る。
「うむ。出かけるところだったと聞いた。」
「遅くなりまして申し訳ありません。」
「大事ない。昨日王都に戻ったと、北門から報告があったのでな。」
物心ついたころから何度も、誕生日の祝賀会などで顔を合わせている。
他の貴族に比べれば、気安いところはあった。
「エルデムの様子を見に来たのか。」
「具合が悪いと聞きましたので。」
「聞くのが遅いのではないか?」
「申し訳ありません。仕事が忙しくて、連絡がうまく行かなかったようです。」
「そうか。」
国王は、片手間に何かの書類を眺めている。
「そなたの父はここしばらく、体調不良で出仕できんようだ。それでそなたに家督を譲ることを勧めておる。」
やはりその事か。エシルは慎重に答える。
「は。しかし、私はまだ小隊長ですし。南国境で修行中の身です。」
「それもな。まあ、通常父親とは違う軍に配属になるのを、特別に同じ軍にしてやったのだが。エルデムも考えるところがあったのだろう。そなたは南国境で何をしているのだ。」
国王は書類から目を上げる。
エシルは緊張して、急いで考えを巡らせる。
「蝗害について、調べております。」
南国境で問題があると言えば、砂嶺国、蝗害、流民。そんなところだ。
「なんと。その兆候があると申すのか。」
「いいえ、ただ私の部下にバッタに詳しいものがおりまして、調べれば次に蝗害の起こる年が分かるらしいので、一緒にあちこちを巡っております。」
数十年に一度起こると言われている蝗害だが、前に起きた時からすでに三十年は経過している。今年起きると言われても、不思議はない。
しかし今年は大丈夫とも言われている。前年に雨が多すぎるとか、少なすぎるとか、とにかく何か兆候がなければ、発生しないものだ。
嘘っぱちの言い訳にはちょうど良かった。
「それは他の者に任せて、戻ってこい。」
国王に重ねて言われて、エシルは言葉に詰まる。
「しかし・・」
「何か問題があるのか。そういえば、アイカ姫に見舞いの手紙を送った時も、なにやらはっきりしない返事が来ていたな。」
「ええと、ですから私はまだ若輩者ですので、父にはもう少し頑張ってもらいたいと思っております。」
汗が出てきた。
このタイミングで詰められるとは。
「小隊長の位を気にしているのか?それはそなたが悪いだろう。毎年の武術大会、そなたは出ていないそうではないか。」
「は?」
毎年夏に行われる、国王軍の武術大会。軍に入って一年目は出られないので、エシルは出たことがない。
何かあっただろうか。
「知らぬのか。あれで好成績の者は、上からの推薦で昇進出来る。そなたと同期の者で、もう大隊長の者もおるぞ。大隊長ならば、次は副将軍。将軍位を譲られても何の問題もない。」
「は。」
同期で武術に優れていると言えば、メルトか。槍の名手だ。学問所時代、勝てた試しがない。あっという間に絡め取られて負ける。
しかし弓ならば自分の方が上だ。
剣もまぁ、やや自分が強いと思う。
あいつが大隊長とは悔しい。
「次の武術大会には出よ。それまでは家督相続の話は待ってやる。」
「は。」
思わず返事をして、次の瞬間、背中に汗が噴き出た。エシルに、将軍家を継げと命じている。
「楽しみにしておるぞ。」
ダメ押しだった。
さすがにここで国王には逆らえない。
丁重に挨拶して、前を下がる。
まずい。
私的にとは言え、国王に直接、家督を相続しろと命じられたのだ。断れる訳がない。
とにかくタニアに会って、話さなくては。
エシルが将軍家を継ぐなら、彼女を王都に連れて来なくては、一緒に暮らす事は出来ない。
タニアはうんと言うだろうか。
説得する時間はあるだろうか。




