その18 廃嫡
夜も更けて、従兄のテュルンが自宅に帰った後、母は自室にエシルを呼んだ。
「タニアに子供がいるのね?男の子?」
直球の質問に、エシルは返事できない。
さっきは何とかごまかしたが、母にごまかしきれるとは思わなかった。
「はい。」
観念して、エシルは答えた。
母はため息。やがて
「だったら、タニアとは結婚できないわ。この先、国母になるかもしれない人ですからね。」
「一緒に暮らすだけなら、出来るだろ?」
「そうね。でもタニアは、王都に帰ることを渋っているんでしょ?そう言う人と一緒に暮らすという事は、あなたも帰って来ないという事だわ。あなたが帰ってこないなら、いずれ廃嫡の手続きをするということよ。」
アイカは毅然として言った。
「私は、あなたの幸せも願ってはいるけれど、このエルデム家の将来のことも考えなくてはいけないの。」
そう言って母が説明したのは、エルデム家の危機的状況だった。
ここ数ヶ月、エルデム将軍が体調不良を理由に王宮へ出仕しないため、国王から代替わりを勧められているのだという。
伯父に頼み込み、エシルの不在工作を行ったが、長くは保たない。
伯父は快く引き受けてくれたらしいが、それだって、王家を謀った罪で、バレれば家門に傷がつく。
エシルが戻らないなら戻らないで、早く廃嫡と養子の申し立てをしなくてはならない。
「あなたを好きにさせた私にも責任はあるから、それは何とかするわ。ただ戻ってくるか来ないか、早く決めて欲しいの。あなたのお父様は、あなたを廃嫡して他に後継ぎを求めるぐらいなら、この家を潰していいと仰るんだけど。私はそうはしたくないのよ。」
てきぱきと話す母に、びっくりしてエシルは聞き返した。
「家を潰す?」
「だって、他所から養子をとったら、結局お父様の血筋ではありませんからね。」
「そんな馬鹿な。」
「だからテュルンと一緒に、お父様を何とか説得しようとしていたんでしょう。」
よく考えなさい、と部屋を出されて、エシルは考え込む。
戻ってきて欲しいに決まっている。しかしアイカはそれを口にしなかった。
そして、父も戻って来いとは言わなかった。
エシルの意志を尊重してくれているのだとは思う。
しかし戻って来いと言われなくては、反発のしようもない。その辺りも、エシルの性格をよく知っている二人らしかった。
ぐるぐる考えても答えはすぐにでない。
とにかく「戻る」とタニアと約束したのだ。一度村に戻らないといけない。
翌朝早く、王都を発つ準備をする。
何とか十日は猶予が欲しい、と頼み込んでの出立だった。
厨房から譲ってもらった、ハムだのチーズだの持てるだけを馬に積み込む。また、女中達の助言で毛布や巻いた布、毛糸の束なども、鞍袋に詰め込んだので、行商人のようになった。
夜明け前には出たかったが、荷物が多くて馬が嫌がったので、結局積み直したりして少し遅くなる。
タニアは怒っているだろうか。
会いたいのに気が重い。それに、一緒に暮らそうと言った言葉を、どうやって叶えたらいい?
結婚は出来ない。
無論、結婚だけが最終目的だった訳ではない。ただ彼女を守るのに、それが一番手っ取り早かっただけだ。
他の道はあるのか。
例えばあの村で、夫婦として暮らすとして、どうやって生活する?
右も左も小麦畑のあの村では、狩人の技も役には立つまい。例え農地を買ったとしても、自分に畑を耕す術はあるのか?
あんな古い家でなく、せめて領都の屋敷に連れて来られれば、暖かく冬が過ごせるのに。
いやいや、エシルが家を継がなければ、あの領都の屋敷も、人手に渡るという事だ。
自分が家を継いで、彼女を王都に連れて来て、一緒に暮らす。それしかないように思う。
彼女が嫌がったら。何もかも捨てて二人で外国へ行くか。一緒に暮らす事を諦めるか。その二択になるという事だ。
ギリギリ夜明けと共に家を出る。
しかし南の国境にいるという不在工作のため、南の門を使う必要がある。
結構遠い。馬を飛ばすことも出来ない。
案の定、南の城門に着いた時には、もう他の商人や旅人たちで、それなりに混み合っていた。
王都に入る時は通行手形を見せるだけだが、出る時は通行手形と共に通行料を払わなくてはならない。
前もって払っておくことも出来るが、そんな暇はなかった。
任務ならタダだが、それが通じるか分からないので、おとなしく料金を払う列に並ぶ。
何人かに、おや、という顔をされた。
それだけエシルの顔は知られている。
やっとあと数人でエシルの番、という時だった。
「エシル殿はいるか!」
馬の足音、そこにいる人々のどよめき、エシルを呼ばわる声が同時に起こった。
慌ててフードを被ったが、もう遅い。
何人かに振り向かれて、呼ばわった馬上の男はすぐにエシルを見つけた。
「エシル殿!」
人違いだ、と言いたかったが、無理そうだった。仕方ない。
「何だ。」
返事をする。
男は馬を寄せて、エシルを見下ろした。
「国王陛下のお呼びである。直ちに王宮へ向かうように。」




