表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鷲羽国物語 〜異世界救済2 救済されない世界の話  作者: たかなしコとり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/19

その14 行幸

次に言葉が出るまで、エシルは相当放心状態だったらしい。

その間に、タニアは赤ん坊のお襁褓を換えて、重湯をあたためて匙で飲ませた。

赤ん坊が落ち着いたので、かごのなかに戻す。


「お前の子か。」

やっと出た言葉に、タニアはうなずいた。

さっきのパン屋で聞いた、父親云々は、この子の事だったのだ。

「だ、誰の・・・。」

「私は、王太子殿下の侍女でしたので。」

ああ。なるほど。そうだった。その可能性をすっかり忘れていた。


「翡翠の君は、この事を知っているのか?」

「たぶんご存じないです。」

子供の事はよく分からない。生まれたてよりは大きい。まだ歩けはしないようだ。

「知らせないのか。」

「・・翡翠の君は、昔毒を飲まされたそうです。」


皆、口にはしないが、誰もが知っている。

今は後宮深く押し込められている皇后だが、我が子の王位を確実にしたいあまり、側室との間に生まれた子を片端から毒殺しようとした。

翡翠の君が生き残ったのは、ただ運がよかった。六年前に兄である元の王太子が、戦いで死んだのでなければ、今頃他の兄弟と同じように、墓の下だっただろう。


「私は、この子を守りたいのです。」

切実な響きだった。

今の王太子妃が、皇后と同じ事をやらかさないという保証はない。


「分かった。」

エシルは頷くしかない。

子供は機嫌よく、籠の中で声を出して遊んでいる。


日が落ちて、暗くなってきた。

「寒くないか?薪を足そう。」

エシルは、まだうまく働かない頭を振りながら、部屋の中を見渡す。

しかし薪は無かった。柴の束が部屋の隅に積んであって、タニアはそこから半分ほどを、暖炉に焚べた。


瞬時に理解した。

そうだ。妾妃に与えられる年金を受け取らず、手持ちの金だけで暮らしている。赤ん坊がいれば、働く事もできない。夕方にパンを買いに来たのも、半値になるのを待っているからだ


「さっき買ったパンがある。ここで焼いてもいいか?」

タニアが頷いたので、火のついた柴を少し横に避けて、袋に押し込んであった薄切りパンを暖炉に並べた。


しばらくして、パンの焼ける良い匂いが部屋の中に立ち始める。

同じように袋の中に押し込んであったチーズのかけらを、薄く切って、そこに乗せた。

そうしている間に、エシルはやっと周りを見る余裕が出てきた。


「ほら。お前も食え。」

タニアに差し出すと、彼女はちょっとだけためらうようだったが、すぐ受け取った。

痩せている。窶れている。満足に食べられていないのだろう。

ハフハフとタニアがパンを頬張るのを見て、エシルはちょっと幸せな気分になる。


「なあ。」

「はい?」

するりと言葉が出た。

「俺と一緒にならないか?」


びっくりしたタニアは、パンを取り落とす所だった。

「またそんな。冗談ばかり。」

寂し気に笑うタニアに向き直る。

「何で冗談だと思うんだ?俺は前も言ってただろう。俺のそばにずっといろって。」

「それは、・・そうですけど。」

タニアは手にしたパンを見て、赤ん坊を見て、それからエシルを見た。


「身分が違いますもの。」

「将軍家なら、捨ててきた。赤ん坊の事も任せろ。俺の子として育てる。何も問題ない。」

「問題ならあります。」

タニアはとうとう、エシルに向き直る。

「私は将軍家に恩がある身です。」


六つで母を失い、八つで父が失職した。

それでも何とか一家離散せず、人並みに暮らせたのは、将軍家がタニアを娘の侍女として雇い、かつ大人並みの給金を出してくれたからだった。たった八つの子供にだ。


そこの侍女頭から、

「身分違いの恋は不幸のもと。」

と最初に諭された。

小さい頃からよく知っているお兄ちゃん、という位置付けだったエシルだが、タニアが侍女として将軍家に来る頃には、同年代の少年達の中でも、際立って華のある一人になっていた。


自分には手の届かない人だ。

早々に諦めた。

でも時々ぐいっと気持ちを持って行かれる。その度に諦めるよう、自分に言い聞かせる。

普段、学問所の寮で暮らしているエシルが、たまに戻ってくると、延々その繰り返しだった。


早く誰かと結婚して欲しい。

早く本当に手の届かない所に行って欲しい。

侍女頭からも、何度か釘を刺された。

「坊っちゃんが、他家の姫君との婚約を渋っていらっしゃるそうよ。あなたまさか、坊っちゃんに何か吹き込んだんじゃないでしょうね?」

いいえ、とんでもない。


それでも、エシルが特に自分を気にかけてくれている事は分かる。時々実家に帰る時は、なるべく時間を作って送って行ってくれる。

サディナには、「乗れる船には乗っておけ。」と謎の言葉をかけられている。


嬉しいけど、でも恐ろしい。

うっかりエシルと恋仲になったりしたら、他の人から何を言われるか分からない。


そんな中での、翡翠の君の行幸だったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ