その11 影
自分の部屋で、暖炉に薪を焚べながら、エシルは思う。
この薪も、誰かが木を切り、薪に割って乾かして、ここまで運んで来た物だ。その手間を、貴族は金で買っている。その金も、税という形で領民から納めて貰っている。では貴族がする事は何だ。
より良き政治か?
より良き政治とは何だ。
ぼぅっとしていると、部屋をノックする音がして、母が入ってきた。
「準備は出来た?」
「そんな大した用意はしない。」
ぶすっと答えると、アイカは微笑んだ。
「あなたのお父様には、あなたから連絡があったと伝えるわね。」
「伝えなくていいだろ。」
「あの人だって心配しているのよ。親ですからね。」
海辺の町にいる祖母を思いだす。
美人なのに、男物の服を来て日焼けして、大きな口を開けてガッハッハと笑う人だった。
あだ名は海賊姫。
娘とエルデム将軍との結婚に、かなり反対したらしい。理由は、エルデムが堅物だから。
「頭の堅い男は、予想外の出来事に弱い。」
と言ったとか。
エシルもフッと笑った。
その通りだ。
息子が家出して、娘が駆け落ちしたら、さぞ弱っている事だろう。
「その辺は、母上に任せる。」
そう言うと、アイカは頷いた。
「あなたはあなたの幸せを探しなさい。でもいつでも戻って来ていいのよ。どうしてもタニアを探し出せないなら、何年経ってもいいから、戻って来なさい。」
戻れる場所があるというのは、幸せな事だ。でもそれに甘えたくはない。
「とにかく、三年。」
エシルは自分に言い聞かせる。
「見つからなくても、三年たったら一度戻るから。」
「そう。いい知らせを待ってるわ。」
アイカは小さな子供のように、エシルの頭を抱き寄せた。
母も手は尽くしてくれていた。
タニアの父は、エルデム将軍領の当時の衛兵隊の隊長に、誰かいい娘はいないかと打診されて、従妹を隊員に紹介したものらしい。
しかし子供が産まれて間もなく夫の方が、怪我で退役。しばらくは領都で暮らしていたものの、やがて夫の実家で、農家を継ぐ事になったらしい。
ただ、その実家がどこか誰も知らない。
妻の方は名前も曖昧。
手掛かりらしいのは、少なくとも領内ではあるという事と、最初は夫に兄がいて、そちらが農家を継いでいたらしい、という事。一番上の子供は男の子。近くには大きな池があって、男の子が釣りを楽しみにしていたらしい事。
そんなので果たして探し出せるものか。
その一家を探し出したとして、タニアがそこにいるかも分からない。影を追うようなものだ。
でも探す。
彼女が幸せなのを確認出来たら、それでいい。
ようやく雪が降り止んで、そこはかとなく春の気配が感じられるある朝、エシルは領都を発った。
領内を隈無く周るつもりだ。
ついでに、領地の事も学ぶ。何かしら得られる物があるだろう。




