その10 手掛かり
さらに二カ月後。
雪の日に、エシルの姿はエルデム将軍領にあった。
鷲羽国は、王都の周りに天領があり、それに挟まれるように、王都守護を務める四将軍の領地がある。さらに外側に、十二侯領と残り八将軍の城砦都市が交互に存在する。
お互いに監視し合う位置関係にあり、徒に兵を蓄えたり、領民から搾取しないようになっている。
また領地経営がうまくいくと、懐は豊かになるが、うまく行きすぎると急に転封を命じられたりするので、どこもほどほどの豊かさを保つように努力している。
エルデム将軍領も、その一つである。
王都の北西に位置し、主要な街道が中を貫く。
領内に入ったエシルは髭も剃り、髪も櫛を通して括ってあった。
元副官と別れて最初の町で、まず学んだ事である。
無精髭に蓬髪の男が「十六、七の娘を探している」と言ったって、人買いと思われてただ警戒されるだけだった。何も情報が得られない。
考えた末、思い切った。
結局、姿を変え名前を変えたのは、タニア無しで生きていこうと思ったからだ。
彼女を探すのなら、元に戻したって何の支障もない。
通りすがりの理髪店で、髭を剃り、髪を揃えた。
劉とした身形の、男前の剣士が酒場で「嫁にしたい娘を探しているんだ。栗色の髪が好みだ。」と話せば、茶色い髪の娘の情報がいくらでもやって来る。
しかしそうやって探しても、タニアにはなかなか行き着かなかった。
レベント侯領からゆっくり北上し、そして思い付く。
もしかして母のアイカが、タニアを匿っているんじゃないか?
そう思えば、ここまで手掛かり無しなのも頷ける。
タニアは王都生まれの王都育ちだ。王都からほとんど出たことがない。まだ十六かそこらのそんな娘が、王都にいないとなれば、やはり行き先はそこしかないんじゃないかと思える。
自分の家出の事はめちゃくちゃ怒られるだろうな、と覚悟する。
しかし元はと言えば、父が悪い。
タニアと結婚出来るなら何でもするし、何でも我慢する、と父に頭を下げた。
身分差は百も承知だし、タニアには苦労させるかもしれないが、自分が守るし、賢い娘だからきっと一緒に乗り越えられる。
一年かけて説得し、ようやく許しを貰ったのに。たった一瞬で反故にされた。
思いだすと、今でも怒りで全身が熱くなる。
まぁでも、さすがの父も、サディナまで駆け落ちするとは思わなかっただろうな、と考えると、ちょっとだけ溜飲が下がる。
国にとっては大将軍かもしれないが、息子から見れば、ただの横暴なおっさんに過ぎない。絶対に許さない。
自身は、王都一の美姫と言われたアイカを、それはそれは熱心に口説き落としたらしいのに。
息子にはそれを許さないとは何たる横暴。
領都に足を踏み入れると、まずは門番がびっくりして通行手形とエシルの顔を見比べた。
「お、お帰りなさいませ。」
「用があって立ち寄っただけだ。」
ざわめきが立ち昇る。
まっすぐに父の屋敷に向かう。とは言え曽祖父が建てた屋敷で、父のエルデム将軍は、その地位についてからはこの屋敷に来た事はない。
屋敷の門番も、びっくりして半口を開けた。
「坊っちゃん。よくまあご無事で。」
「母上はいらっしゃるか?」
「お庭の方に。急いでお知らせします。」
門番が全力で走る後を、馬を預けてゆっくり追う。
門番の走る先に紫色のスカートが見えて、母が振り向くのが見えた。
「まあ。」
アイカは目を丸くすると、スカートをたくし上げて走って来た。
エシルの前まで来ると、両手を伸ばしてペチンと息子の顔を挟んだ。
「心配するでしょ。居場所ぐらい知らせなさい。」
アイカの母は海軍大将の娘だったので、当人も他の姫に比べると、相当お転婆だし肝が据わっている。
ガチガチの頑固者の父に比べて、相談しやすい相手であった。
「お久しぶりです。母上。」
「タニアがいなくなったのを聞いたのね?」
さすがに察しがいい。母と話すのはいつも楽しかった。
「ここにいるのではないかと思って、探しに来ました。」
しかしアイカは首を振った。
「ここにはいないわ。この町にもいない。来たら知らせるように、門番に言ってあるもの。」
「手掛かり無しですか。」
期待していた分、落胆も大きい。ため息をついた息子に、アイカは考えるようだった。
「タニアの大叔母様の娘で、ここの衛兵隊の人と結婚した人がいるらしいの。タニアは毎年、サディナにくっついてこの町に来ていたでしょう。その叔母様と親しかったかもしれない。」
大きな手掛かりだ。
「ただ、名前は分からないの。聞いたことがないのよ。」
後もう一人、タニアの父方の従兄弟が領内に住んでいるが、そちらは手掛かり無しという事であった。
「探す?」
「もちろん。」
この冬は、例年に増して雪が多かった。
タニアが凍えていない事を祈る。




