その1 序
これは昔々、まだ馬と剣で戦を行っていた時代のお話。
交通の要所であり、北を見れば酪農に適したなだらかな高地、そこから東には峻険な山々につながり、南には穀倉地帯。西には穏やかな内海。強い武力で他国からの侵攻を防ぎ、国内を統率する。そんな国がありました。
その国の名を、鷲羽国。
---------------------
大通りをウキウキした足取りで歩く背の高い青年に、友人は追いすがるように言った。
「ホントに、頼むよ。うちの母に約束しちゃったんだから。」
「それはお前の勝手だろ。俺は、この休日はごろごろするって決めてたんだ。」
「もうほんとに。昼飯だけで終わるように、なんとかするから。俺の顔を立てると思って。」
背の高い青年は、大きなため息をついた。
「そう言って、妹とかとデートさせようって魂胆だろ。」
「まあ、ちょっとぐらいは話をしてもらうかもだけどさ。」
「言っとくけどな、俺は結婚相手は決めてる。お前の妹がどんなにいい子でも、それは絶対に揺るがない。」
「その話は、千回ぐらい聞いた。」
「疑ってるのか?」
「だって、まだ誰とも婚約してないだろ。逃げる口実と思われても仕方ない。」
「じゃあ、明日発表する。悪いな、お前の妹にはうまいこと言っておいてくれ。」
友人はため息をついて、足取り重く去って行った。
背の高い青年は、肩をすくめる。
このところ、休みのたびによその家の昼食に誘われる。どうせ行った先では、その家の娘だかなんだかが待ち構えていて、お昼の用意ができるまでお話でもいたしましょう、と言われるに決まっている。
体のいい見合いだ。
片っ端から断っているが、今みたいに粘られるので、ちょっと辛い。
貴族の男子は、大体学問所を卒業する十七歳の前あたりから、ぼつぼつ昼食会へのお誘いが来始める。感触がよければ夜会へのお誘いになり、十八ぐらいで婚約、二十歳になる前ぐらいに結婚、というのが一般的だ。
女子はもっと早い。
もう十三歳の終わりぐらいから、親が昼食会を開いて、これと見込んだ男子に招待状を送る。十五歳になる頃には、大抵婚約が整っている。
エシルは十八。
代々続く将軍家の跡取り息子で、本当ならもうとっくに婚約者が決まっていておかしくない。それがまだ誰とも話がまとまらないので、王族の姫君との縁談が、内々に進んでいるに違いない、という噂が流れている。しかし今の所王家には、年頃の姫君がいないので、ただただ皆、首をかしげるばかりである。
商店街を歩くと、店先であちこち呼び止められるので、エシルは裏手に回って走り出す。
友人と話していて遅くなった。
こんなことなら、父将軍に馬を貸してくれと言われても貸すんじゃなかった。
全力で屋敷町へ駆けて、今まさに裏手の門から出ようとする少女が目に入る。
よかった。間に合った。
「タニア!」
声をかけられて、少女が振り向く。
「お帰りなさい、兄様。」
明るい笑顔に、心がほっこりする。
ほっそりと華奢な体つきに、濃い茶色の巻き毛。大きな瞳。愛らしい。
「今帰るところか?」
「はい。兄様も。お勤めご苦労様でした。」
先日、王都近くの町で盗賊騒ぎがあった時、出動して盗賊の首魁を首尾よく討ち取った。そこから事後処理を含めた十二連勤だ。
「間に合ってよかった。送る。」
「そんな、兄様こそ、お疲れでしょう?。」
「いいから。」
軍の詰所でいかつい男ばかり見慣れていると、タニアの華奢な様子が、ますます際立つように思える。
エシルの妹の侍女として働くタニアだが、いつもこうやって、十日か半月に一度は実家に戻る。
すれちがいになったら嫌だな、と心配していたが、まさにそうなるところだった。
この十日余り、どんなに会いたかっただろう。




