20317 ナンパテクニック講座
「正直言ってね、僕は今は忙しいんだ」
ある日の午後、長月の指導のもとの訓練が一区切りついたタイミングで、郡がたまり場に現れた。
クフはお尋ね者になっているが、前王の治世を懐かしむ人間は一定数いる。彼らを頼り、笛吹たちは身を隠していた。
長月の指導は、武器の扱いや戦い方ではなく、ほとんど戦場の心得、あるいは暗殺者としての基礎訓練だった。
笛吹と蛮は基礎体力が出来上がっているので、隠密行動や潜伏、追跡などの実技を次々に叩き込まれていた。
「僕にとっては今がかき入れ時ってこと。新しい王様のやり方に不満の人妻を一日に何人『慰め』られるかっていうね」
「昼間っから?」
「旦那が仕事に行ってるのか娼館に行ってるのか分からないんだぜ?」
蛮は舌を巻いた。これがイタリア人のナンパテク……なんとまあ、連戦連敗の蛮の理解の範疇を越えている。
「教わったらどうだ?」
「先生……お願いしても」
「え? やだよ……なんで男とおしゃべりしなきゃいけないのさ」
大変正直な郡、これには蛮も苦笑い。
「郡さん、【望み】は?」
「女の子」
そしてこの即答である。徹底している。
「でも、正直信じてないんだよね。本当に叶うの?」
乾いた笑み。さもありなん。【ラストイル】は信用していいのか分からない。
蛮もまた、本当に【望み】が叶うのか疑い半分だった。
そして蛮は、実は自分の【望み】がなんなのかも理解しきれていない。
「叶う、郡さんは2024年人か?」
「そうだよ」
断言する笛吹。郡も蛮も、そして酒を飲んでいた佐香も、そんな笛吹に目を向けた。疑わしく、興味深く。
自分は叶えていないくせに、なぜ言い切れる?
「蛮、なんて言ったか? 漫画雑誌の裏表紙の広告の……」
「『ラストウィル』か?」
「そう、人気だろ? スマホのゲーム」
顔を見合わせる一同。聞いたことがあるという顔、そしてその名前……。
「分かるな?」
「分からん」「なんか聞いた気がする」「酒飲んでゲームはできんわなー」
今度は笛吹が困惑顔をする方だった。水桶を片手に長月が座る。【望み】が叶うのかどうか、彼女にも気になる問題だ。
「『そんなゲーム存在しない記憶』があるだろう? あれは張井が叶えた【望み】だな。【狩人】を集めるために」
「張井はやったのか! それで、連絡は?」
食い付いたのは長月だった。笛吹は困ったように頭を振った。
「すまん、オレは電話を持っていない。連絡手段がない」
「そうか……」
「とにかく、叶うんだ。本当にな」
大きく息を吐いたのほ郡だった。へらへらした態度から、一瞬だけ真剣極まる顔に。
「女の子を褒めて、優しくするだけさ。…………キミ、ちょっと佐香ちゃんを口説いてごらんよ」
「蛮です……褒めて優しく? 佐香さん、美人でおっぱいデカいですね、お酒注ぎましょうか?」
「0点」「0点」「0点」「30点」
女たちの辛辣な評価と違い、郡だけは多少の点をつけた。
「かわいいとか、美人とか、そんな当たり前のこと言うなよ。あとおっぱいを褒めるならもっとさりげなく…………。
佐香ちゃん、何が好き? 当ててみようか……缶チューハイ?」
郡が佐香の隣に座り、コップを手に取った。
「違いまーす」
「ほら、脈あり」
「ウソでしょ?」
完全に取り付く島もないのだが? 蛮は恐れ慄いた。佐香は不愉快そう。
「もっとアルコール高い感じ? ウィスキーとか? 僕は渋い赤か好きかな、トマト系の煮込みに合わせる。肉は赤身がいいな」
「赤ワインならラムとか生ハムじゃないのー? 脂と合うでしょ」
返事をして、佐香は不思議そうにした。普通に答えてしまった。
「佐香ちゃんお酒詳しいね、僕は飲み方が我流だから、色々教えてくれると嬉しいな」
「やだー」
「若いのにちゃんと詳しい子は珍しいよね。みんな高けりゃおいしいと思い込んでるし、お酒の好みは……辛いの好きそう」
ズバズバと踏み込む郡、佐香は返事をしかけてお酒を口に入れた。
「特定分野が好きな相手には、自分を下げて教わればいいんだ。同じように、喋りたいことを引き出す。
質問する時、イエス・ノーで答えられる質問にすると、答える側のハードルは下がる。『どのお酒が好き?』だけなら無視されたけど、こっちが種類を言ったら返事をしてくれたでしょ?」
蛮に向かってさらっと喋る。口で言うのは簡単そうだ。口だけなら。
「そういえば佐香ちゃんの【望み】は何? 僕はね、まあ見ての通り女の子なんだけどね。実は三年前までフィアンセがいてね」
「女癖が悪くて婚約破棄されたんか?」
会話の内容にツッコミ所があると、ついつい口を挟む人間も多かろう。佐香は再び無視できずに口を開いていた、
「こりゃ手厳しい! でもまあそんな感じ。やり直したいわけじゃないんだけどねー」
さみしげに微笑む郡。佐香は眉に酒を塗った。
「ぎゃっ!? しみる!」
「バカなのか……?」「知ってた」
蛮にナンパテクニックの説明をするための雑なウソ。その時は誰もがそう思った。まともに取り合わなかった。
実際の所どうなのか、蛮たちがそれを知る時、郡はすでに帰らぬ人となっていた。
召喚から十七日。ザクロを討ち果たして三日後。二組の【狩人】の戦いは本格的に動くことになる。
六対七から、四対七に。




