20315 提案
「知り合いか?」
「『前回』戦った。たしか名前はマツ……一応勝ったんだが」
長月は殺し屋である。そして、鉄砲玉ではなく何度も殺人を行ってきたプロであった。
彼女の所属する組織は大きくないが、バックアップの体勢はできている。前もって逃亡ルートは三種類程度用意していたし、尾行するのも撒くのも、追跡への対策もお手の物だった。
「早く入れッ」
「出てくるな」
隠れ家に定めていた家の前で、ソワソワした様子の蛮がいる。お祭り騒ぎの中で、そんな落ち着かなく殺気を放ってどうする。悪目立ちするだろう。
笛吹はそう小言を口にしかけてやめた。心配してくれているのだ。
建物に入ると同時に、笛吹と長月はさっと着替えた。現代のブレザーとセーラー服から、現地の服装に変えるだけで追跡は難しくなる。
「あれに勝ったのか?」
「あんなに強くなかった。【エリート】化で肉体強化を受けているな」
「『通り魔』の方も異様に頑丈だったな」
長月が『通り魔』と呼んだのは出羽のことである。パーカーを目深に被って出刃包丁。確かに通り魔スタイルだ。
笛吹と二人がかりでさっさと倒さなかったのは、何かしら奥の手を隠しているのが見えていたからだ。熊撃退用スプレーとは想定外だったが。
「初見で避けられた」
「それは思った、あそこで討ちたかったな」
笛吹は必殺のタイミングで打ち込んだつもりだった。口では挑発したが、実際には避けられたのが不服だった。
「手応えは?」
「普通の布じゃなかった。【防具】だったのかもな」
「なら仕方なかろう……しかし、説得を忘れていたな」
門浦が【ドラゴン】である。
【望み】が欲しくば倒すべきは門浦である。そう伝え損なった。
「次の機会がある。なんなら宍戸に噂を広めてもらおう」
「着替え終わったか?」
ドアの表から蛮が声をかけてくる。
「男女で着替えてるんだ、遠慮する意味がないだろ?」
「お、おう……」
「ああ、うん」
歯切れの悪い蛮。生暖かい視線の長月。『相手の肉体スペックを見通せる』長月は分かっていたが……笛吹は男装の女剣士である。
隠し通していると思っているようだが、蛮が気づいているのではとも疑っていた。
「クフたちと合流しよう」
「了解だ。……長月、マツと門浦どっちが強かった?」
「マツだ。強化前の自力が高すぎる」
考え方を変えれば、笛吹も【ドラゴン】の力をもらい【エリート】になれば勝てるということ。
「管金とどっちが強い?」
「すがね?」
「『前回』一番強かった奴だ」
強さに敏感な笛吹が、我が事のように胸を張る。蛮が眉根を寄せる。長月はソワソワした。
「門浦なら勝てるが、マツって奴は笛吹と同じタイプだ」
「…………なるほど」
管金は一撃必殺の初見殺し。動体視力と反射神経に優れる笛吹ならば……勝てないと思うものの、強化されていれば分からない。
笛吹は蛮を見た。少なからず不安そうに。そんなに心配する必要はないと長月は思う。蛮は強い。戦闘未経験であるという懸念事項があるものの、戦闘能力は笛吹に並ぶ。
「笛吹」
「長月、オレと蛮を鍛えてくれ。一週間で基礎だけでいい」
「え?」
長月は想定外の言葉に瞬きした。全く思いもよらない流れだぞ?
「なんでだ? 長月は、その……」
「そうだ。戦士としての技術では笛吹に及ばないぞ?」
「オレのは試合剣術だ」
笛吹はフェンシングでオリンピックを目指している。そして、それは不可能ではないと言われている天才剣士だ。
尋常なる立ち会いをするのならば、【狩人】全体でもトップクラスの実力者である。
「明らかに戦力が足りていない。宍戸の話だと、神崎を除いてあと二人もいる」
「こちらも戦力を整えたいな。現地人の兵士も馬鹿にできないし」
「あー、その件だが」
蛮が少し困ったように頭を掻いた。
「一人増えた」
「おいしいものを食べて、女の子を抱いて、それ以上の幸せなんてないじゃないか? それが人生のすべて、全てさ」
「つまり、お酒サイコーってことね。オジサン話分かるっ!」
「君がそこまでへべれけでなければもう少し魅力的なんだけどなぁ」
「あははははははははは!!! ないないない! 二次性徴過ぎたジジイとババアはお帰りくださーい!」
男どもが元王族の裸を見るためにパレードに行っている間に、不満を抱えたご婦人方を『慰めて』いた男を、クフが見咎めたのである。
「私は郡。郡貞郎だ、しがないサラリーマンさ」
二十代後半と思われる、彫りが深いイケメンで、全ての動作が気障な伊達男。【狩人】を見つけたと胸を張るクフ。
「それと、この所不思議な事件が起きているそうです。それも『客人』関係なのではありませんか?」
こうして、二手に分かれた【狩人】たちの最初の接触は終わった。
次の接触は一週間以上先、この物語の最期の登場人物、忌下柘榴の登場と退場の後になる。




