20312 『あの子』
「…………」
なんだかんだで、それなりに人間関係を築いている門浦たち。その中で一人、出羽崇道はあからさまに孤立していた。
ボサボサの長い髪とパーカーで顔と体付きを隠した彼は、年齢も体型も分かりづらい。
分かっていることは、『あの子』という女性に異様に執着していること。そして、誰かをその代わりにしようという異常性。
美咲は出羽に見初められ、『あの子』の代わりをさせられていた。特注で作らせた、学生っぽいがアイドル風味もある衣服を着せられ、ツインテールで笑顔を引きつらせていた。
元々美咲は、周りに迷惑と心配をかけないための『外面』である。与えられた役割を演じることはできなくもなかった。
しかし、黒革のベストや鋲付きベルト、唇や耳にぶら下げたピアスは奪われていた。
これらは美咲のものではなく、彼女の『弟』で戦闘用人格死地妊の好みだ。
多重人格者の中に、肉体性別とは別性の人格が生まれることは少なくない。死地妊は無慈悲に破壊を振りまくならずものだ。
性被害者である『本体』が『暴力の怪物』の性別を選択するのならば、それが男の姿をしているのは当然であろう。
ちなみに死地任自身の自認では180センチ80キロの痩せ型巨漢である。
逆に美咲は舐められるのが仕事である。言動と性格が美咲を必要以上にどうでも良い存在に見せかける。
であるが、そればっかりでも困るのも確かなので、死地任に強制されて最低限のはったりの効く衣装を身に着けていた訳であった。
衣装が奪われるのは、美咲本人にとってもなんの痛痒もない。むしろその【機能】を十全に扱うには、弱々しい見た目であればあるほど有利なはずだった。
…………【機能】。『殺し奪うだけの才能』なく、無力で無意味だと自認している美咲が、何かを持つのか?
持っているに決まっている。
でなければ、門浦からも他の【狩人】からも路傍の石として捨て置かれ、【武器】すら確認されないなどあろうはずがない。
美咲は正しく『無害で無能な外面』であった。
…………出羽は最低限の手伝いをして、その報酬として美咲の服や装飾品を貰っている。
性的な行為はなく、暴力もない。しかし、彼の興味が美咲本人ではなくその向こう側の『あの子』に向いているせいで、美咲の【機能】は発揮されていなかった。
(さっきのあれ、立候補するべきだったでやすかね)
門浦が神埼に依頼した、『現代的性行為技術の教育』の件である。
数年に渡り過酷な環境下にあった美咲は、既に眠った別人格が行ってきた娼婦のような行動を見てきた。
(あーでも)
出羽がどんな態度を取るのか、最悪『あの子はそんな事言わない』と、刺されそう。
美咲にとって幸運なことに、出羽は2024年人だった。つまり『あの子』も2024年人。出羽は『あの子』を崇拝しており、何者なのかを聞くのは禁忌であった。『知らないはずがない』とキレて包丁を振り回すからだ。
「でも、あっしは2008年の人間なんでやすよ……」
「チッ! なら生まれたばかりか、『あの子』もキリストじゃねぇんだ。生まれてすぐに信仰された訳じゃない」
キリストだって三十までは大工の息子だった。という無粋なツッコミを美咲は飲み込んだ。知識マウントで刺激したら包丁を振り回されかねないからだ。
「『あの子』はな……」
世界一有名な地下アイドルで、百万人のファンが居るらしい。実力、容姿共に最高なのだが、グループ内でいじめに合っており、なかなかセンターが取れないのだとか。
絶対に主観による妄想の混じった情報を早口で一時間以上叩きつけられ、美咲は理解した。
『あの子』はただの売れないアイドルで、出羽はそのストーカーだ。
「ねえ、『わたし』のことまた聞かせて。出羽クンがどう思ってるか、聞きたいなァ〜」
「仕方ないな、ふふふふふ仕方ない」
鼻にかかった甘い声を出して要求することで、出羽をいい気分にさせられることが分かった。
そして、分析する中で『あの子』が『標準的なぶりっ子』だとも判明した。パンツの見えそうな衣装を着ているくせにパンチラを嫌がる素振りをして、握手会で思わせぶりな言動で規定時間を越えて出羽の手を握って好意を囁くとか。
(痛いヤツでやすね……)
本当に痛々しいのは、包丁で脅されてぶりっ子アイドルの真似をさせられてる自分自身だとは分かっていたけれど。
(絶対に裸は見せられないぞ)
初日に着替えを凝視されそうになった時、咄嗟に取った行動を思い出す。
「『あの子』ならなんて言いやすか? やだ、恥ずかしい?」
「そのクソみたいな口調をやめろ……『あの子』は着替えを人に見せるような真似はしない!!!」
美咲は賭けに勝った。そして、それは新たな恐怖の始まりも意味していた。
美咲の肉体には、複数の男どもに好き放題されて無数の傷、穴、入れ墨がある。
見るものの胸を悪くするようなそれらは、美咲と死地任にとっては憎悪と復讐心を煽る消せない誓いだ。
だが……出羽にとっては違う。彼が傷と入れ墨を見たら……おそらく『違う』と判断するだろう。
なにがなんでも、隠し通さねばならない。
美咲は思う。死地任を助けるために、隠して欺いて、生き残らなければ……。




