20310 約束された死
2008年のN県豆降村に、『獅子堂会』という新興宗教がある。
宍戸敏夫はその『獅子堂会』の宗教指導者であり、同時に【狩人】でもあった。
四十代から五十代と思われる、年齢不詳の温和な男。【狩人】であるということは当然、『殺し奪うだけの才能』の持ち主。
一度目の原始の戦いにおいて、宍戸は現代での利益を餌に複数の【狩人】をまとめ上げ、『帰還待ち組』を作り、中盤の抗争と混乱の一因となった。
…………宍戸は利己主義で残忍な男である。しかし、信用に値する。少なくとも長月と笛吹はそう感じていた。
「長月くんと笛吹くんが居るのか……参ったな」
笛吹、長月、蛮、そして酔っぱらいの佐香とクフの五人の前に現れた宍戸。
彼は困ったように髪を手ぐしで整えた。
「クフを殺しに来たのか?」
「捕らえに来ました。その子は【ドラゴン】でしょう? 門浦はその子を殺せば終わりだと思っているみたいです」
「……!?」
佐香がクフをギュッと抱きしめた。宍戸は椅子から立ち上がりもせずに言葉を続ける。
「門浦側には少なくとも【狩人】が他に五名。彼らは王神を殺害し、国家を支配し、その権力を利用して【ドラゴン】殺しを狙っているようです。協力はできそうですか?」
「待て、オッサンあんたは『そっち側』なのか?」
蛮が肩を怒らせ、庇うような位置に立つ。長月、佐香、そして笛吹。女たちを守らなければならないという不断の決意。
「は? なんでです? 長月くんと笛吹くんが居るんですよ?」
「ん?」
宍戸の穏やかさが崩れた。本気で驚いている。心外極まるという顔。
「この状況において、最強の駒が揃っているんですよ?」
「んんん?」
蛮は振り向いた。威嚇する猫みたいな顔の佐香は怖いけど置いておいて。長月は恐ろしいほど警戒していない。笛吹は……笛吹もなぜかあまり警戒していない。
えぇ……あの、手負いの狼みたいな笛吹が? この爽やかすぎて胡散臭いオッサンを? 蛮は少なからずイラっと来た。
「笛吹くんは【ドラゴン】の位置を把握できるんでしょう? 長月くんは相手の能力を見抜けます。今は『まず【ドラゴン】を探す所から』の状況。絶対的ですよ。
対してあの危険な連中は、暴力で叩き潰す段階になって初めて活躍する。どちらに付くかなんて考えるまでもないと思いませんか?」
あまりにも理路整然としすぎていて、逆にムカつく。蛮は反論したかった。しかし、蛮の頭では番犬のように唸るのが精一杯だった。
「ガルルルルルル」
「優秀な番犬だ。本能で私が悪党だと分かっていますね」
「ふしゃー! オッサンは嫌い! 可愛い未成年だけがいい!」
欲望に正直な佐香、蛮は冷静になった。酔っぱらいと同レベルは嫌だ。
「笛吹、信用できるのか?」
「正直に言っていいか?」
「お、おう?」
「蛮より信用できる。宍戸は死ぬまで戦う」
蛮は開いた口が塞がらなかった。こここ、こいつの方が、信用……!? はぁっ!? なんで??
「基本情報は憶えているな? 2008年と2024年。私と宍戸は2008年側だ」
長月が宍戸の側に立つ。佐香も2024年側。
「私は宗教法人『獅子堂会』の指導者です。聞き覚えは?」
「…………」
蛮は頭を振った。少なくとも、自分が生きてきて聞いた記憶はない。
「『獅子堂会』は2008年末に内部分裂による内ゲバと、警察の突入でほとんどの信者が死んでいる」
「内ゲバとはひどいな、まだそう決まったわけじゃないですよ」
未来を淡々と語る長月と、穏やかにたしなめる宍戸。蛮は青ざめるのを感じた。宍戸は死ぬ? 宍戸の『現在』が何月なのか分からないけれど。
「何か分かったのか?」
「全く。ただ、今のところ反乱の目は皆無なんですよね」
「やはり『うち』が原因なのか? ちなみに私は殺し屋として『獅子堂会』に潜入する。生きて戻らない」
「もがもが」
佐香が話を理解していないクフを抱きすくめた。大きな乳房に顔面を潰されて、呼吸困難に陥っていた。羨ましい。おっぱいに溺れるのは男のロマンだ。蛮は指を咥えた。
「痛って!」
「真面目な話をしているんだが?」
「私と長月さんの【望み】はシンプルに『生存』です。
私の『獅子堂会』で何があり、私たちは死なねばならないのか…………ちなみに他人事ではありませんよ、【ドラゴン】が関係します。そして我々は2024年の方々よりはるかに幸運です」
蛮は蹴られた脛をさすりながら宍戸を見た。幸運? 死ぬのに? 何が幸運なのだ??
「私たちの死は予期されている。タイムリミットが明確だ。だが」
「オレたちの未来は何も分かっていない……確かにな」
笛吹が言葉を引き継いだところで蛮はようやく理解した。
「俺が守ってやる!!」
「まず自分の身の安全を守れ。そうしたら、その時には背中くらいは任せてもいい」
蛮はいくつもの言葉を飲み込んだ。
お前は女じゃないか、身体だって俺のほうがデカくて強い。どれほど性格が尖っていても、舌鋒が鋭くても。お前は。
それに俺は、笛吹お前のことが…………。




