20309 内通
「どどどどどうしましょう〜〜〜」
「変装だな。装飾品は全て処分して、化粧を落として、髪を切り庶民の服を着ろ」
クフは没落した。王城のある首都に入る頃には日が暮れかけていた。それでも急げば城に入れるというはずであった。
が、首都の大門をくぐると、街の中は騒然としていた。
「王神スネフェルが打倒されたぞ!」
「新王スフィス万歳!」
「前王の遺児クフは見つけ次第処刑だと!」
という訳で、噂の前王の遺児クヌムクフことクフ少年は、王子から指名手配人に成り下がった。合掌。しかしこの時代の神は新王スフィス……つまり門浦側にあり、仏はまだ生まれていない。
「部下は信頼できるか?」
「仕事で一緒にいる方々なので……」
「信頼できる人間は?」
「ええと、ええと……建築の先生が……」
この時代の文化にも生活にも全く馴れていない状態からの逃亡生活は無理があるというもの。
「クフを見捨てるのが最適解だ」
「う、ウスイさぁぁん」
「だが、蛮も長月も酔っ払いも見捨てられないだろう?」
「ウスイさぁぁぁん!!」
剃刀の冷たさで切って捨てるかと思いきや、笛吹は平然とクフありきで話を進める。
「…………笛吹、【ドラゴン】の居場所は?」
「あの小高い場所にあるのは王城か? 二体固まっている」
「クフ、王族専用の秘密の通路などはないのか?」
聞き方こそ疑問だが、長月の言葉はどこにあるのかという確認だった。あって当然という顔。
「そんなもの考えたことも無いです……必要なかったので」
「必要になってからじゃ遅い」
クフの危うさに眉をひそめたのは長月だけであった。少年の想像以上に『女王』の威光への依存は強い。
この国には、これまで『反乱』という発想すらなかったのかもしれない。それだけ王神の……というよりも『女王』による加護が絶対的だったのだ。
一行は信頼できるという教師の家に向かったが、長月は懐疑的であった。
これまでは信頼できたかもしれない。しかし、王神が座を追い落とされた今、その人物の忠義が誰に向いているのかは分からない。
「おや、長月くんと……笛吹くんだったかな?」
そこに待っていたのは、白いスーツのスマートな男性だった。
…………宍戸敏夫。五人目の【狩人】である。
「新王陛下、戴冠おめでとうございます」
「…………皮肉か? 教祖野郎が、約束の金はどうなった? あ?」
一時間前、宍戸は血まみれの王座に座る門浦にひざまずいでいた。
壁には前王神スネフェルと、その家族男家族が吊るされていた。彼の妻と娘たちは慈悲を乞いながら門浦の下半身や足指に舌を伸ばしている。
「あれは『私が勝った場合』だよ。残念ながらあのまま負けた」
「だろうな」
宍戸は少し離れた場所に立つ神崎を一瞥、視線が絡み合うも、それ以上はお互い目を逸らす。
他の【狩人】達もこの王座の間に集まっていた。
鼻歌交じりに血まみれの剣を物色するマツ。先端が月形に曲がり、斧のように重量のあるコペシュ。
マツは奪ったコペシュで近衛兵たちと戦い、全員を打倒していた。
ブツブツ呟きながら大臣だった老人を丁寧に腑分けする巌野。
王神の妻たちから奪った装飾品をニヤニヤしながら美咲に合わせる出羽。
そして、屈辱に涙を浮かべながら、全裸に首輪で直立不動を命じられている静。
「【ドラゴン】の目星はついているんですか?」
「シスの話によると、長男が残っているらしい。そいつじゃねぇか」
「…………だから指名手配しているのか。分かりました。その王子と親しかった民間人を紹介してください」
全く嫌がる様子もなく恭順する宍戸に、門浦は警戒の視線を向ける。
「宍戸、あんたは現実じゃあ名の知れた教祖様なんだろ?」
「そうだとしたら?」
「何を企んでやがる」
宍戸は穏やかに、安心させる笑みを浮かべた。それがどれほど危険なのか、門浦はよく知っている。
「現実における私の立ち位置は、それでも結局新興宗教の教祖という、ちっぽけな山の頂に過ぎない。
一番高い所に立つということは、周りがよく見えるということだ。言い方を変えると、自分がまだまだ低い位置だって見えるってことなんだよ」
「口の上手い野郎だな」
「門浦さんを持ち上げてる訳じゃない。【望み】が必要だって言ってるんですよ」
一瞬ニヤニヤした門浦の笑顔が引きつる。『お前も周り見ておけ』と釘を差されたのだ。
門浦は、現実でも一つの私立高校を支配下に置いた暴君である。そして、その勢力は少しずつ外に広がっている。
「いいぜ、次会う時はそんの舐めた口を利けねーようにしてやる。
全て俺様のもんにして、全部壊して全部犯す。国中のレリーフと女を俺色に染めてやるよ……それが王様の振る舞いだろ?」
「私とは趣味が合わないがね。もしかして、王子を見つけても殺さない方がいいのかな?」
「だな。とりあえず、この国を俺色に染め上げるまでは……得意だろ? 監禁」
この王様ごっこを続けたいのか。
その邪悪な答え。門浦は国家を蹂躙し尽くして、飽きたら無責任に捨てるつもり。
問題は、反吐の出るような回答に誰も異を唱えられないことであった。




