20308 『蛇』
「僕の名前はクヌムクフ。『クヌム神の加護あれ』という意味です。父は現王神スネフェルです。
【ドラゴン】という言葉には聞き覚えはありませんが、我々の国の背後に有り続ける巨大な存在ならば心当たりがあります」
美少年は現代人たちに少しも臆する事もなく、ハキハキとそう言った。
「お前もその【ドラゴン】の眷族なのだが?」
「いじめちゃダメー、子供をいじめていいのはベッドの中でだけでしょ?」
酔っぱらいの佐香の言葉に蓮田蛮は顔を引きつらせた。何言ってるのこのお姉さん。
「へぶっ」
「長月、殴っていいか?」
「まだ口だけだから、【武器】は勘弁してやってくれ」
「おおっと、ずずず」
平手打ちしてから尋ねる笛吹。佐香はこぼしかけたアルコールを音を立てて吸い、長月は平然としている。
この場で困惑しているのは当事者ではない蛮と、クフ少年の二人だけだ。
「続けて」
「あっはい……王族や位の高い者には『印』が渡されます。偉大なる『女王』の魔法の力が授けられます」
「魔法ね?」
蛮が笑う。魔法って、ファンタジーかよ?
「あなた方『客人』と類似した性質だと聞き及んでいます。僕は『高い位置に目がある』。『ホルスの目』と呼んでいます」
蛮は上を見上げた。いや、物理的な話では無いことは分かっている。
蛮はスポーツ推進校の強化選手だ。俯瞰的に状況を見れる才能。サッカーやバスケットボール選手の一部が持つ、司令塔の資質だと蛮は思った。
「長月」
「嘘ではない。だが、まだあるな?」
冷静に尋ねる笛吹。長月は平然と答える。
「よくお分かりですね」
「私のは『相手の資質を見抜く目』だからだ」
「『石を歩かせる』ことができます」
蛮は長月を見た。次いで笛吹も見た。冗談を言っている顔ではないし、クフの言葉をバカにする様子もない。
「よく分からんが、モアイを立てられる感じか?」
「モアイ?」
「遠い国にある巨石の彫像だ。完全に同じ方角を向いていて、極めて高い技術が伺える」
この時代にモアイは存在するのだろうか。長月はそんなことを考えながら答えた。
「ああ、僕ならできそうですね。実際このギザに来たのも、測量のためですから」
「測量?」
「はい、『ホルスの目』ならば周辺を鳥の目線で見れます。距離感、位置関係、方角まで」
佐香が透明な液体をグイグイあおる。笛吹と長月は顔を見合わせた。クフの『魔法』が完全に建築に特化していることに気が付いたのだ。
「あなた方が『女王』から我々を解放する者であるのならば、手伝わせてください」
「その、『魔法』を失うことになりかねないぞ?」
笛吹の言葉にクフは頭を振った。
「これは借り物で、これがある限り我々は『女王』の手から出られません。今日の時点で、王室の権威は陰り始めています。
『女王』の『魔法』が無ければ立ち行かないくらいならば、むしろ一度滅ぶべきです」
クフの達観。あるいは諦念。それはある種の絶望感であった。王族の価値が『魔法』にしかないのであれば、存在する理由などなくなる。
…………極めて合理的で、しかし皮肉な言葉であった。この丁度同じ時、【女王】は門浦に【王】の力を与えた。
無価値な現王スネフェルを追い落とすために。
「…………!」
笛吹が顔を上げた。顔を向けた方向には『河』がある。
「…………増えたぞ、今。【ドラゴン】がッ!」
門浦が【ドラゴン】となった。この瞬間、暴君門浦側の【狩人】七名と、それ以外の七名による血で血を洗う殺し合いか確定した。
なお、その最初の脱落者は【ドラゴン】殺しよりも肉欲に傾倒しすぎたザクロであり、二週間後となる。
「『客人』の来訪を感知した『女王』が対策を取ったのかもしれません」
「…………ねえねえ、クフくんはな〜んでそんなに『女王』が嫌なの?」
赤い顔、だらしなく緩んだ口元、佐香がぐでんぐでんになりながら尋ねた。
「『女王』は古き神の化身だとされています。そして僕は別の神にも会ったことがあるのです」
クフは少し困ったように答えた。この答えが正しいのか、自分でも分かっていない様子で、少年は続ける。
「『女王』は、この国の王権の擬人化であり、豊穣の象徴のはずであるけれど……この国にとって豊穣とは、破壊と表裏一体なのです」
この国の豊かさには、『河』が大いに関係する。雨季には氾濫するこの巨大な『河』は、街や人々を飲み込み、破壊する恐るべき神である。
しかし同時に、上流から肥沃な土を運んでくる、恵みそのものでもある。
「『女王』はこの国の闇に住む『蛇』でもあるのです。我々は人として生きるために、あれの支配から脱却しなければならない」
「手伝うわ」「俺もだ!」
酔っ払いと、単純な蛮はとにかく、長月と笛吹は顔を見合わせた。
それは、『女王』に敵対的な何者かの口車に乗せられているだけなのではあるまいか? いや、でもまあ、笛吹たちには都合がいいのだろうけれど。
というわけで四人の【狩人】はクフの案内の元、【女王】暗殺を目的とすることになった。
その計画が頓挫したのは、わずか半日後のことである。




