20307 酒! 飲まずにはいられない!
この時代に召喚された時、蓮田蛮は全てが理解った。理解ってしまった。
蛮は国内有数のスポーツ推進校の特待生である。恵まれた体格と柔軟でしなやかな筋肉、才能溢れる新鋭のアスリート。
性格は女好き。『種馬野郎』と呼ばれる程に女好き。可能な限りの女の子と仲良くして、子供をたくさん産んでもらうのが蛮の夢だった。
そのためには、子供を何人でも何十人でも養える財力が必要だった。蛮はバカだが身体能力に恵まれている。アスリートとして大金を稼げばよいと思っていた。
そんな蛮は『一度目』を、原始の戦いを初日五分で脱落した。蛮は運がなかった。運は無かったが、運命に出会った。
…………この時代に呼ばれるまで、蛮は『一回目』を夢だと思っていた。
気がついたらどことも知れぬ森の中にいて、水も滴る裸の女が立っていた。しかもその女は蛮の好みに直撃、一目惚れ、他の女性などもうどうでもよくなる程の存在。これが夢でなくてなんなのだ?
現実だった。理解した。
問題は三つ。一つ目は簡単、その理想の女がルームメイトの青年、笛吹火嵐そっくりなこと。
二つ目、その笛吹が極めて近くに召喚されていて、この時代でも隣に居ること。
…………まあ待て、落ち着けよ蓮田蛮。
俺の知ってるこの男、笛吹フランが……仮に女のクセに男のフリして学校に入り込んだ異常者だったとして、
恐らくは協力者がいて、健康診断とかはパスしている。どうにかなっている。そして日常生活もうまくやっていて、それどころかフェンシングの強化選手として上級生にも勝ち越している。
蛮は目を閉じ、開いた。死にたい。
蛮と笛吹は同室だ。ルームメイトととしてうまくやってきたつもりだ。男子同士だから下品なことも平気だった。平然と屁をひったし、エロ動画も見た。拒否されたがちんこを見せ合おうと言ったこともある。
普通にバカやってきたルームメイトと、理想の女か同一人物だった。もうダメだ。
三つ目、最大の問題はそれだ。
バレてないと思って男のフリを続ける女の子に、どんな態度で接すればいいんだよぉ……!?
「…………蛮、こうなってしまったからには仕方ない。状況は理解しているな?」
「おっ、おう」
蛮の困惑を他所に、その時の笛吹は絵に描いたように冷徹だった。
「ならよく聞け。【望み】は【ドラゴン】と戦い生き残った全員が叶えられる。つまりオレたちはライバルじゃあない。協力者だ。
そしてオレは前回途中敗退だったが、何人かの…………仲間と、情報を得ている」
「…………ああ」
蛮はちょっと苛ついた。仲間と口にした笛吹の気恥ずかしそうな顔から、本気だと分かったからだ。
笛吹は、この人に懐かない野生の狼のような奴が……誰かを仲間だと断言した。はぁぁぁ? どこのどいつですかそれは!!?
「オレの【望み】は『弟を奪った交通事故をなかったことにする』だ。蛮は女か?」
「そうなる……な」
蛮の性格は笛吹もよく知っていた。たくさん子どもが欲しいという話も、そして、夢の中で見た理想の女の事も。
お前のことじゃないのか? 蛮はそう思いながらも口にできなかった。違った場合も、そうだった場合も、その後どんな顔をすればいいか分からない。
「なら行くぞ。背中は任せる」
笛吹は機敏で、迷いなく動いた。笛吹は【ドラゴン】を感知する能力がある。そう聞いた。他の情報も全て叩き込まれた。
…………皮肉というか、悪いことはできないというか。
門浦が【ドラゴン】だと分からぬようにしたシスの努力はまるっきり無駄であった。他の【狩人】は欺けても、【ドラゴン】感知に長けた笛吹には、全くの無駄であったからである。
そうして、笛吹と蛮が最短距離で遭遇した【ドラゴン】は……【ドラゴン】こそが、クヌムクフ少年であった。
「笛吹か、久しいな。彼に話を聞いていた…………一筋縄では行きそうにないぞ?」
クフの下には先に長月ともう一人、大柄な女性がいた。
「あっはぁ〜、怖い顔しないで飲みなよ、子供は世界の宝。未来の塊。イエスロリータ・イエスショタ!」
「…………彼女は楠野佐香。酒が【武器】だ」
「お酒お酒! おビール様! ポン酒! ワイン! ウィスキー!! お酒があればいつでもハッピー!!」
蛮は困惑した。佐香は大柄で、ブラトップのシャツとだぶだぶのズボンという部屋着みたいな姿をしていた。
顔の作りは良いかもしれないが、酔って真っ赤で、だらしなく緩んでいた。すでに出来上がっていてへべれけで、ケラケラと笑っては持っているガラスコップを煽る。
「何飲むぅ?」
「オレは未成年だ」
「あー……俺もだ」
「あたしは十歳には飲んでたのになぁ〜」
空のコップは持ち上げると同時に透明な液体が溢れるほどに入っている。無限に酒が飲める【武器】? 蛮は困惑した。【武器】??
「それはシラフにできるのか?」
「たぶん無理だ。しかし、酔っていてもほどほど動ける。クフの部下にビールを五樽プレゼントした。恐らく無尽蔵だ。コップか瓶なら作れ【貸与】できる」
蛮の困惑をよそに、笛吹は説明に満足していた。ダメでは? 笛吹はレイピアで、蛮は両手で振り回すような剣だ。
酒で、どうする?
「『水鉄砲』は?」
「できない。触れていれば一瞬で器を満たすが、蛇口のようには使えない。手のひらにも出せない」
「人体は『器』か?」
笛吹の問いに、蛮は目を剥いた。何を言っているのか、その恐ろしさに気が付いたのだ。
「ん〜〜〜、あたしが『そう』おもってないからにゃぁ〜。いい所、ジョッキ一杯のスピリタスをぶちまける?」
スピリタスは、アルコール度数96%というポーランド産の狂気の酒である。当然ストレートでは飲まず、割って飲むものだ。
その異様なアルコール濃度から推測できるように簡単に引火する。タバコを吸いながら飲むと気化したスピリタスで火災が発生すると言われているほどだ。
日本では消防法上危険物扱いだ。火気厳禁。当たり前だ。
確かに武器だ。蛮は認識を改めた。
「それで、何が一筋縄では行かないって?」
「この国には、【ドラゴン】の力を与える不老不死の女がいるそうだ」




