20305 Vtuber忌下柘榴
「これっくらいの〜お弁当箱に」
まずVtuber忌下柘榴が登場する。彼女は気が狂っていた。
頭のネジが緩んでいたので論理的思考ができなかった。だが彼女はそれを完全な論理だと信じ込んでいた。
ザクロは自分が差別されているのではないかと疑っていた。というのも、彼女は人間ではなく鬼であると言われ続けて育ってきたからである。
ザクロは企業に属さない個人のVtuberで、その配信ぶり、仕事ぶりは真面目であり誠実であり、トイレに立つ回数が多いことを除けば問題はなかった。
彼女が用を足す時の珍妙な儀式については、後に記述する機会があるだろう。
「おにくっ、おにくっ、チョイっと詰めて」
ザクロほ自称『ヴィーガン』。つまり菜食主義Vtuberだった。
Vtuberとは3Dのアバターを我が身のように画面に映して活動するYouTuber。バーチャルなYouTuberのことである。
彼女のアバターは尼僧の姿をした鬼である。薄幸そうなタレ目で泣きぼくろ、尼僧の法衣に白頭巾。額から伸びた血のように赤い角。
もちろんVtuberなのでセクシー路線だ。肌の露出は最低限だが、法衣は肌に張り付き胸やヘソ、脚の形かよく分かる。
ザクロは人間の料理を研究している菜食主義の鬼というキャラクターであった。多くの配信は精進料理作りにあてられる。
料理シーンに映される手はしなやかで美しい。爪も整えられていた。
「ぶつ切りのモツに荒塩振って」
ヴィーガン、菜食主義という設定ではあるが、しばしば肉料理にも言及する。
ただし、ザクロは設定上『肉を食べてはいけない』ことになっていた。怖い上司に禁止されているというのがザクロの言だった。
ザクロは年に数回、オフ会を行う。『肉欲カーニバル』といういかがわしい名称から誤解されがちだが、このオフ会はザクロの精進料理を食べるだけの極めて健全な集会である。
ザクロ本人は黒子のようなベールを被り、Vtuberの自分のコスプレ。つまりエロチックな尼僧姿で登場する。顔出しはNGだった。
オフ会は故意か偶然かは不明だが、必ず仏滅に行われた。その日は上司の目がないからと、ザクロは他の誰にもヒミツだと囁きながら肉料理も振る舞う。
「からあげさん。しょうが焼きさん」
ザクロの肉料理は、他では食べれない。不思議な香料が使われ、中毒性がある。一度食べたら、もう一度食べたいと思わずにはいられない。
「ステーキさん。ハンバーグさん」
ザクロは、リスナーを『人の子』と呼ぶ。彼女は『人間の料理』を研究するのが趣味だと語る。
そこには一切の屈託がない。悪意もない。ザクロの料理を食べたリスナーの多くは再びそれを食べたくて、オフ会まで待てなくなるという。
そうなったリスナーはしばしばザクロにダイレクトメールを送り、数回のやり取りの後に『特別な食事会』に招待される。
意気揚々と出かけたリスナーは姿を消す。まだザクロとの接点が浮き上がっていないため、警察は個々の事件を事故だと判断していた。
年齢も性別も、住む地域も行方不明になった場所も違うのだ。県が変われば管轄も変わる。警察という機構の弱点の一つであった。
「筋の通った…………うふ」
身体にまとわりつき、豊満なボディラインを惜しげもなく露わにする尼僧服。顔面には黒子を思わせるベール。
黒いルージュを引かれた肉感的な唇が快楽への期待に歪む。
「ここは好き。呼ばれるのはステキ。だって、お釈迦様はまだ生まれても居ないでしょう? なら、私を縛るものなんてなんにもない。鬼として、好きなだけお肉を食べれるの」
「んー、んんー!!」「うぐっ、うぐっ!!」「ひっひぅぅ……」
レンガ作りの家の中には、三人家族が縛られていた。両親と、まだ幼い子供。ザクロはよく研いだ刃物を確認して小さく頷いた。
「いい刃物が無いのは欠点だけれど、ちゃんと痛くしないから安心してね。苦痛が全身に回ると肉の味が落ちるから」
ザクロの声は柔らかく、人を安心させる力があった。企業からのオファーもあったが、彼女は全て断ってきた。
だって、そんな事をしてしまったら、『お楽しみ』ができなくなってしまうもの!
「お釈迦様の目のない日だけの、特別なお楽しみ。お肉! 肉欲! カーニバルよ!! でも安心してね! 残さずキレイに食べるからッッ!!!」
カーニバルの起源は諸説ある。カトリックでは三月末から四月末までの一月を四旬節と呼ぶ。これはキリストの受難の四十日間は肉食を控え、派手な振る舞いは慎むという宗教行事だ。
四旬節の後は復活祭であり、前が謝肉祭である。
カーニバルは自粛前に乱痴気騒ぎで羽目を外すものであり、その語源はラテン語の『肉を剥ぎ取る』である。
そして、食人を指す『カニバリズム』は、カーニバルが語源となる。
ザクロのカーニバル。『人間の料理』。つまり、そういう事であった。
「おい」
「え、誰?」
冷たい、刃のように冷え切った声がした。振り返るザクロが見たのは、剃刀の目付きの美青年だった。
ドアを開き、悠然と入ってくる。上品なグレーのブレザー姿……学生だろうか。
「あら? あなたも『呼ばれた人』? …………なら、わかるでしょ? 殺しの才能あるんでしょ?」
「分かるかキチガイめ。一緒にするな、それと口臭ケアはしているか? この距離でもひどく臭う。何かの病気か? 【義体】なのに? 人間食べてないで自分の身体を心配をしたらどうだ?」
立て板に水の罵倒に、ザクロは面食らった。顔もいいし声もいい。しかし、なんと痛烈で、酷い面罵であろうか。
「あのねぇ」
「うっ!! 臭……っ」
手で鼻を覆う美青年。ザクロは己の手を口に当てた。恐ろしい事に、ザクロの口臭は少しも生臭くなく爽やかで、むしろ甘美ですらあった。
「全然臭く……っ」
「ないかも知れないが、お前は馬鹿だな」
一瞬の隙を突いて、青年はザクロに肉薄していた。
銀星が尾を引き流れる!




