20304 手段は選んでいられない
「では、こっちはいいか?」
「あ?」
「ぐ…………げふっ」
門浦に切り倒されて、まだ息のある男を、作業着の男が指さした。
「てめー……なんで俺に聞くんだ」
「王様なんだろ?」
作業着の男は、身長は高くなかった。160センチ程度だろう。しかし、その肉体は凄まじい筋肉に覆われ、脚は閉じられず気を付けもできそうにない。
「…………私は巌野違畝。石工だ。定期的に私に『モチーフ』をくれ」
「はははッ! お前物わかりがいいな! このメス奴隷とそこのガキ以外なら、好きにしていいぜ」
巌野が顔を上げる。女たちがすくみあがった。ぐるりと見回す巌野。浮浪者が舌を打った。
「イシスだったか? 質問がある」
「ん? なぁに汚いお兄ちゃん」
「門浦が得たのは『奪う権利』だな?」
浮浪者がフラフラと前に出る。血走った目で、ここにいる誰でもない何処かを見る。
「つまり、これから『持っている者』から奪う必要があるな?」
「そうなるね」
「俺はマツだ。相手側に『戦士』がいたら、最前線で戦わせろ」
門浦は瞬きし、ふへへと笑い舌なめずりした。
そしてその視線が美咲とパーカー男に向く。
走れば門浦からは逃げられる。だが、どこへ? 右も左もわからない場所で、どうやって?
しかし、パーカー男からは逃げられないし、マツも追ってきた場合も勝てないだろう。
「う、うぅぅ……」
「僕はこの女だけでいい。この女をくれ」
「なんだ? ヒーロー気取りか?」
痰を吐き捨てる門浦、静の毛髪にへばりつく。
「ヒーロー? うん。僕は『あの子』をこの世の全てから守るヒーローだ。いいな。それはいい。ワクワクしてきた。
よし、僕はヒーローだ…………ああ、でも『もっと似てる子』が居たらそっちと交換してくれ。『あの子』のことは分かるだろ? 似てる子がいたらどんどん教えてくれよ。『あの子』は一人いればいいんだから、二人目以降はいらないけど、どうせなら一番似てる子がいいじゃないか」
「おっおう」
あ、こいつヤバいやつだ。
門浦と美咲は同時に理解した。
「首輪はつけとけよ」
「首輪なんてつけない。『あの子』には似合わないからな、その下品な服も似合わない。早く着替えさせないと」
「…………」
逃げなければ。美咲はしかし思うように足が動かない。門浦か、この男か、その程度の違いしか無いのならば。逃げなければ。
「名前は?」
「出羽」
「み、美咲……」
今すぐには難しいだろう。隙を探せ。従順なふりをしろ。敗北し、蹂躙され、全裸で土下座をする静を見て、美咲は覚悟を決めた。
命だ。生きて帰り、死地妊を取り戻す。そのためならなんでもする。
この、異質な執着心で美咲を見つめる出羽も、人間だ。つまり付け入る余地は必ずある。
「神崎さんよ。あんたはどーすんだ、え?」
「あら、私もあなたのオモチャにされるものだとばかり思ってたけど?」
壁際に立っていた女が首を傾げた。儚く、物憂げで気怠い。保護欲と嗜虐心の両方を誘う美女。
「黙れよ毒婦」
「ひどい言い草……でもまあ、仕方ないわよね」
神崎が下に向けた手が光る。現れる【武器】。細い針のような、優美な細工の成された装飾品が床に転がる。
「私は神崎、【武器」は毒付きのアクセサリー。この状況で敵対するほど馬鹿じゃないわ。門浦さんに恭順するけど……なにか必要?」
他の【狩人】と神崎は違う。理由は本人たちには明白だ。門浦と神崎は原始の戦いで一度は肩を並べ、しかし最終的には道を違えていた。
「【情報】だ。てめぇの事だから上手く咥えこんで上手く取り入ったんだろ? 誰が生き残りやがった?」
「まあ、ひどい言いぐさ。私が生き残れるように見える?」
「…………はっ、違いねぇや」
門浦は、この薄幸を絵に描いたような女を最大限に警戒していた。神崎は人に取り入り、誑し込む達人だ。
しかし、それでもまだ警戒が不足していた。神崎が生き残り【望み】を叶えた可能性を、微塵も考えていなかった。
「何を企んでやがる?」
「何も? 私たちの目的は【ドラゴン】でしょう?」
この会話を聞きながら、ほくそ笑むシスに気付く者はない。他ならぬ【ドラゴン】当人。そして。
「【望み】を叶えるのに、国力と武力は必要よ。あの後大変だったんだから」
「いい気味だぜ」
これは間違いなく神崎の本心であった。二十人足らずで何百人と相手にしたのだ。さもありなんという所か。
「確実性と安全が欲しいわ。…………【望み】で幸福を得るためには何が必要か、何を差し出せばいいのか、それだけの話よ」
「俺を利用するつもりか?」
「私を利用していいと言ってるつもりだけど?」
門浦が下卑た笑みを浮かべる。儚く、弱々しく……支配欲を刺激する美女の邪悪さと冷酷さを、門浦は原始の山頂で目撃していた。
神崎は邪魔者を、【武器】を使った簡易ガス室で毒殺したのである…………現実に門浦らを欺くための嘘であったが、少なくとも門浦はアレが神崎の真の姿であると思い込んでいた。
「私は【ドラゴン】を殺して【望み】を叶えたい。何かを得るためには何かを捨てなきゃ。その娘には悪いけど、門浦さんと組むのが最善よ。私は手段を選ばないわ」
神崎の宣言に、美咲は深く頷いた。
同感だ。生き延びてやる。美咲自身のためではなく、眠ったままの主人格への手向けのためにも、そして、『くねくね』によって奪われた死地妊のためにも。
対して、緑の髪の少女シスは、静かに妖しく嘲笑う。
なんて愚かな連中。なんて愚かな【客人】。
彼らは誰一人分かっていない。
そう、三度目ともなればシスとて学ぶ。
【ドラゴン】? それは私であり、そして【王】の事でもある。
だが、貴様らは気付かない。貴様ら【客人】の感覚を、私は解析し、理解した。
さあ、現れぬ敵を待ちながら、この地を血と炎で染め上げて。
期待してるよお兄ちゃん。
…………『底無しの餓狼』門浦・随一は【ドラゴン】だ!




