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武器を取れ、ドラゴンを殺す 第二部 『補欠の僕らも星を見る』  作者: 運果 尽ク乃
序章 2008年の暗夜行

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20007 事故


 バスの乗り心地はお世辞にも良いものではなかった。

 理由は明確だ。道が舗装されていないのである。街灯の数も少なく、道はアスファルトではなく山道だ。


「こりゃ……この暗さで走る道じゃあない気がしやすね」

「大丈夫よ、慣れてるから」

「そういう問題ではないのでは」


 遠くで鐘の音がする。大きな寺でもあるのだろう。だが、半端な時間だなと探偵、目貫(めぬき)(あまた)は思った。

 隣に座る美咲も耳を澄ます。しかし付近の住人である中年男女は気にしていない。そういうものなのだろう。


 ハイビームで照らしても、道の薄暗さに変わりはない。

 七月の午後六時はまだ明るいが、道は木々が鬱蒼(うっそう)としていた。空を覆い隠すような木々。


「ここらは林業が盛んだったのでは?」

「それは『木管山』の方ですよ。『空戸(あきど)山』の空は神聖な場所なので、出来るだけ木を伐採しないの。戦時中もギリギリまで伐採を拒んだそうよ」

「へぇ」


 話好きな、四十代の夫人の言葉を千は聞き流した。

 『神聖』程度で軍の要請をなんとかできるのだろうか。恐らくは禁足地だったか、木の質が違うか、別の原因か。


「面白いでやすね。神聖な場所を禁足地にするのはままありやすが、ここの神様の格は真ん中なのでありんしょ?」

「それは……人の側の問題よ。歴史書を見る限りずっと『豆降様』を信じてきているのに、管金(すがね)の成金どもが……」


 生臭い話が始まりそうだ。地方の事情になど興味はない。


「……あれ? なに?」


 若い方の女が、不思議そうな顔で前方を指さした。

 釣られて千は前を見た。美咲も見た。千には、一瞬だけ『それ』が見えた。






 山道の途中で、ぐにゃぐにゃと、ゴムのように奇妙な動きをする人影を……。






「いけやせん!!」

「何をする!?」


 美咲に目を覆われ、千はすぐに振りほどいた。今見えたものは何だ? 人間なら問題だ。こんな時間に山道をうろうろしていては危険ではないのか。

 だが、再確認しようとすると美咲が掴みかかってくる。


「うひっ」

「えへぇ……」


 だが、千が直後に見たものは彼の想像を超えていた。それまで、常に仏頂面だった三十女が、初めて見る表情をしていた。





    ぽかん。





 そう表現するのがぴったりの、空虚な、何か人間として大事なものを喪失した。

 ――――――顔。



 千が背筋を凍らせるのと、バスが何かに衝突するのが同時。

 少なくとも運転手は三十女と同じ『何か』を見てしまったのだ。


「おおっっ!!?」「うひいいいい!!」  

「きゃあああああああ!?」

 

 千は咄嗟(とっさ)に、美咲と四十女をかばった。座席に頭を押し付けて、正面を見る。

 バスは暴走していた。山道を外れ、立木にぶつかってスピンした。樹木がフロントガラスをぶち破る。


 その瞬間を、千は見ていた。


 表情を失った三十女が、その最期の瞬間まで無感動に。眼前に迫る太い枝に一切瞬きもせず。顔面に炸裂し口腔を串刺しにした瞬間を。

 枝は女の喉を完全に貫通し、その顔面に無数の穴を開けた。


 頭部を致命的に破損された女の傷口から噴き出した血液が、バスの内側を赤く塗装する。

 死亡時に失禁したのか、下半身からも赤黒いシミが広がっていた。


 車体が激しく揺れる。一瞬の浮遊感。激しい衝撃と横転。

 何が起こったのか、そんなものは自明だ。運転手が運転を誤った。そして、雑木林に突っ込んで崖から落下した。そういうことだ。


「がッ」

「うぅぅ……」

「あ、あぁぁ……」


 一瞬ブラックアウトした意識。どれくらいの距離を落ちたのか、どの程度気を失っていたのか。分からなくとも千はすぐに動いた。もうバスは止まっている。周囲は暗い。真っ暗ではないから、長い時間気を失っていた訳ではなさそうだ。

 車内の照明は生きている。いや、ちかちかと明滅していた。


「美咲!! 無事か!」

「無事だが……これはどうにもロックだな。美咲の手には余る」

「なんだって?」


 いつの間にか腕の下から消えていた美咲が、リュックから出したフラッシュライトを点ける。少なくとも彼女と、腕の下でうめく四十女は生存。

 千は周囲を見た。衝撃か、木にぶつかったのかほとんどの窓が割れている。


 バス内は傾斜こそあるが横転しているわけでも、歩けないわけでもない。千自身も小さな切り傷や打撲はあるが五体満足。


 美咲は片足を座席に立てて、フロント側を顎でしゃくった。振り向く千。その視界の端に、頭部を損壊した三十女。即死だ。

 運転手の様子は分からない。近くの席から四十女の夫の手が見える。微動だにしない。


「外だよ」

「これは……」


 千は息を呑んだ。冗談がきつい。傾斜がわずかに増えた気がする。

 バスは崖から落ちたような気がしていたが、違ったようだ。正確には『これから崖に落ちる』。


「美咲、先に外に出ろ」

「アンタは?」

「この人を運ぶ」


 四十女をゆっくりと、衝撃を与えないように担ぐ千。女にではなく、車体に。


「前の連中! 生きてるか!?」

「fuck!! 何が起きた!!?」

「事故った! 動けるなら慌てずゆっくり動け!」


 バスがどれほど危険な状態かは車内からでは分からない。文句を言いながらも黒人たちが動くと、車体がギシギシ軋み、傾斜が強くなった。


「ひっ、コレ……ヤベえんじゃ!?」

「落ち着け若いの、ヤキトの旦那もいったん止まってくだせぇ」

 

 『アナグマ』が制止する。三人の男がカウンターウェイトになっていて、バスは危ういバランスを保っていたのだ。


「おいおい、落ちるぞ!!」

「落ち着けって言ってんだガキ! ……目貫さんよぉ! さっさと来い!」

「あいつらが動いてもバランス崩れるじゃねェか!! ヤキトさん! ぶっ殺しやしょう!」


 ゆっくりと移動しながら千は心中で舌を打った。あのチンピラ、面倒くさい。物理の基本も知らないのか。支点がどこにあるのか分からないが、千たちが中心側に移動すればバスの後ろ側に重心が傾く。


「hmm……少し黙ってろや」


 ヤキトと呼ばれた黒人が姿勢を低くしたまま獣のように唸った。

 猛獣のような男であるが、冷静に考えるだけの知能はあるようだった。


「ゆっくり来い、その間にリアウィンドウをぶち破る」


毎週土曜日はおやすみ予定です。明日はおやすみを頂きます。

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