20249 ごめんねだけは言えた
立花ちどりは顔を上げた。空が青い。風が心地よい。世界はこんなにも美しい。ネヘプ様はもういないのに。
ゴツゴツした岩だらけの荒野にちどりは一人座っている。
石の時代である。採石場は生活に欠かせない。現代人のちどりにとっては価値を感じない荒れ地であったが、現地人たちには大事な採掘所であった。
もう少し、周りをよく見てくれば良かった。もう少し、他人のことを考えてくれば良かった。
小野たちを待ちながら、ちどりはずっと考えている。これまで考えなかったあれこれを、考えて、顧みて、ああしなければよかった。そうしなければよかったなんて、今更どうしようもないことばかり。
そして、次あったら、こうだったら……今度こそ、そんな、そんな……。
そんな夢は叶わない。ちどりはここでおしまいだ。ここが果て。末路で袋小路。…………ほら破滅と死が追い付いて来た。
「あー…………ひひっ、なんだ。一つはできんじゃん」
近付いてくる三つの影、ちどりは立ち上がり、尻を払った。
「うわっ、エッロ! ノーブラかよ!?」
「うっせうっせ! 下着までずぶ濡れだったから服借りたんだよ!」
「あっ、タンマ!」
現地人の服を着た小野を指さして笑った直後、ちどりは手を上げて三人を制止した。
「あー、その、あれ。えーと……小野はエロい身体だから、露出多いの似合ってんよ」
「…………はぁ?」
「それと、その…………ご、ごめ……き、嫌いっての、取り消して……いい?」
小野は一瞬呆気に取られ、すぐに破顔した。照れくさそうに微笑むちどり。
探偵、目貫千と鶴来翔斗は息を呑んだ。ちどりの、そんな自然で透明感ある笑顔は初めてだった。
「話がしたいんよ」
「ああ、私もだ」
対話だ。それが小野の考えた雷切の殺し方だ。全部壊したい雷切と、虚無に支配されたちどり。ちどりを納得させれば、【ドラゴン】は消える。
袖搦に投げ飛ばされまくって、あの時ちどりは観念していた。恐らく椿姫が余計なことを話さずに、小野と袖搦だけなら首を差し出していた。
「立花さん……まず言わせてくれ、僕が生き残った場合の【望み】は、立花さんへの譲渡だ」
「へ?」
まず前に出た翔斗、左足のバランスが悪い。雷切の電撃で指が炭化して落としているからだ。
「だがな、不可能だったときのために聞いておきたい。立花、【望み】はなんだ?」
「ちぃの望み……」
引き継ぐ小野、ちどりは瞬きして、落ち着かない様子でウロウロした。考えてもいなかったのだろう。
「こっちのちぃはもうずん止まりだけどさ! 向こうのちぃも誰かに愛してもらえっかな!? 愛し愛されて、幸せになれっかな!?」
「なれる。立花さんは僕みたいな、人の心の分からない人非人じゃない」
断言する翔斗に、ちどりは泣き笑いを浮かべた。
「ホントはよぉ、ネヘプ様の子供がほしいんよ……できてないと思うし、現実のちぃが突然妊娠してもホラーだけど」
「生理こねーもんな……男はどうなんだ?」
千は翔斗を見た。翔斗も首を振る。この時代に来てから性欲に悩まされていない。
「出る出る、むっちゃ精子出された」
「う、うちの弟が申し訳ない……」
「ふひゃひゃっ!」
膝を付いて額を地面に擦り付ける翔斗。小野は苦笑いして、ちどりは指をさして笑った。
「ふひひっ! でもちぃの一番の【望み】は、ネヘプ様だな! ひひっ、ふっ……ネヘプ様が……幸せになる世界線が欲しい。笑って、良かったねって……」
「立花」
これまで黙っていた千が、おずおずと口を開いた。
「ネヘプは……俺が」
「それは言わんでいい」
頭を振るちどり。愛する人を殺したという宣言は、耳にしたくない。
千は大きく深呼吸をした。胸を押さえ、苦しげに。
「彼は……最後まで立派だった。諦めずに戦った」
「…………」
「遺言がある」
ちどりが顔を上げた。千は真正面から目を合わせる。こうして、目を合わせたのは初めてな気がする。
ちどりはいつも、目を合わせなかった。
「立花の笑顔が好きだと」
「そんな事、ネヘプ様が……」
「『ちどりに、笑顔が好きだと伝えてくれ』…………だ」
「ひっく」
重ねる千に、ちどりはしゃっくりするみたいに息を呑み、ポロボロと涙を零した。
唇を歪めて、必死に笑おうとするも上手くいかない。
それが愛する人の心からの言葉だと、理解したのだ。
小野がゆっくりと近付き、ちどりの頭を優しく撫でた。抱きしめるたくましい腕。ちどりが一本だけの腕を小野の背中に回した。
「……デッッッッ」
「ぶっ飛ばすぞ」
「は? これまで何人の男を誑かしたん?」
「これに誘引された奴は、みんな地獄か留置場に行ったよ」
千は遠くに視線を向けた。何もしなくて、一度も言及してこなくて本当に良かった。
「立花、あたしからの確認だ」
「うん、ちぃは小野に止めてほしいって思ってる…………でも」
【ドラゴン】仇国の魔女 雷切は、この場で滅ぶべきなのだ。それはちどりにも分かっていた。
だがら、だけれども。
「武器を取れよ【ドラゴン】。あたしら【狩人】がお前を殺す」
「…………ふひっ?」
「好きなだけ暴れろ。怒りも憎しみも受け止めてやる」
ちどりは笑った。誰が出来の悪い妹だ? 母親みたいなこと言いやがって。
「ふっ、ひひっ……後悔すんなよ!」
ちどりは小野と離れて、三歩下がった。
【防具】を召喚する。今再び、魔法少女に…………。
「危ないっ!!」
「あ痛っ」
小野の叫び、衝撃。ちどりは尻もちをついた。目の前で起きた事が、理解できなかった。
駆け寄る千と翔斗、自分の胸を見て、ちどりを見て、微笑む小野。
その胸から噴き出た鮮血が、ちどりを赤く染め上げた。




