20006 『豆降様』
薄暗くなり始めた駅前に、アイボリーのマイクロバスが停まっていた。
車体側面には『獅子堂会』の文字。18人乗りの車内の、後ろの方には巨漢の黒人と金髪の痩せ男、貧相な中年『アナグマ』。
前の方で運転手と談笑する中年男女三名。こちらは『村』あるいは『施設』の関係者なのだろう。
探偵目貫千は写真を片手に運転席側の男女に近づいた。
「すいません、人を探しています」
「はいはい? ……うーん、若くてかわいい子だね。こんな子いたかな」
「最近は新しい子が多いからね」
運転手は五十台の太った男、四十台の夫婦とみられる二人と、三十半ば地味女という組み合わせだ。
「上にある『村』? 『施設』まで連れて行ってもらってもよろしいですか?」
「別にいいんじゃない? 『うち』は来る者は拒まずだし」
「……何があるんです?」
「知らないで来たの!?」
驚いた様子の四十代女。表情に乏しい三十女と違い、よく笑い魅力的だ。
しかし、そう言われても、定食屋の親父は詳しいことを知らなかった。何らかの断絶がある。
「空戸山の施設ですよね?」
「『豆降様』はご存じ?」
「村の名前ではなく?」
「村の守り神様だよ。室町だか桃山の時代に、飢饉から村を救った空の神様さ」
三子山にはそれぞれ木の神、空の神、沼の神が祀られていると聞いた。
一番格上の空の神ではなく木の神。千はとりあえず神妙に頷いた。
「『豆降様』は神の蔵の戸を開けてくだすった。そして空から豆の雨が降って、村は生き延びた」
豆の雨……だから豆降というわけか。
「『豆降様』は空の穴から地上を見守る、ライオンみたいな姿なのさ」
「は?」
日本の神様で、ライオン? イメージが湧かずに千は首を傾げた。
そもそもライオンはアフリカの生き物だろうに、ヨーロッパでも伝説上の生き物として崇められているが。
「獅子舞もライオンだろ。ここいらの獅子舞は口から豆を出す、その豆を食うと縁起がいい」
「へえ」
獅子舞と言われればイメージもしやすくなる。しかし、獅子姿の神は日本では珍しい、気がする。
「宍戸様はその『豆降様』の社殿を作り直して、お祀りしているのよ。古い書物によると……『豆降様』はお豆をくれるだけの神様じゃないんですって」
「でも、豆ってェことは『魔を滅する』邪気祓いの神様なのでは? 無病息災、邪鬼退散」
突然背中から声を掛けられ、千は慄然とした。振り向くと若い女が立っている。足音も気配もなく。突然生えたような存在に、千は小さく息を吐いて自分を律した。危うく殴る所だった。
女の子は殴っちゃいけない。特に、この子みたいに犯罪の気配のしない普通な子は。
「すいやせん。後ろの人たちが怖いので、ツレのフリさせてくだせぇ」
「…………」
耳元で囁かれて、千は頷いた。後部座席あたりを占拠している黒人は、何やら異様な雰囲気を漂わせていた。ハードボイルド小説なら後々殴り合いになりそうだが、正直千は関わり合いになりたくなかった。
しかし……右目を隠した黒のウルフカット、両耳には複数のピアス、肉感的な唇にも一つ。黒のベストにタイトスカート、チョーカー。二十代前半だろう。随分とロックだ。千とは別世界の人間にしか見えない。『連れ』と呼ぶのはいささか不自然だった。
しかし……『アナグマ』みたいなむさいおっさんよりも若い子の連れの方が嬉しい。千は仏頂面の裏で熱烈歓迎した。
「そういうのもあるけど、過去をね」
「過去?」
「昔の悪いことの浄化をしてくれる。そんなご利益もある神様なの」
「…………」
罪を浄化してくれるとか、トラウマを解消してくれるとか。千は心中で眉に唾を塗った。新興宗教やインチキ霊感商法でよく聞く単語。そういう話か?
でも、悪縁を切ってくれる神様のように、過去の悪縁や不幸を切り捨ててくれると考えれば……理解できる。
「『獅子堂会』は、そのための場所なの」
「へぇ……そうすると、妹もそうなのかもな」
「バス、出ますよ」
運転手に促され、真ん中あたりの席に座る。当然のようにさっきの女が隣に来た。
「あざます。あっしは美咲ってェ、ケチな女です。お兄さんは?」
「目貫だ。美咲は『悪縁切り』に?」
「『そんな所』です」
あっけらかんと答える美咲の言葉の中に、千は含むものを感じ取った。
しかし同時に、この女は後ろの連中と違って堅気であると断言できた。『アキナ』こと佐摩愁子みたいな夜の女たちとも違う。退廃の臭いもせず、死に毒されてもいない。
「オレの探し人はこの女だ、美咲のは?」
「……なぜあっしも人探しだと?」
「『施設』に居るんだろ? 『悪縁』が」
「思ったよりも面倒な方に声をかけちまいましたかね」
あからさまな警戒に、千は安心した。見た目はロックだがまともな精神性を有している。きちんと警戒できるのだ。千は自分をアウトローだと認識していた。手放しで信用するには、あまりに胡散臭い。
社会のドブの悪臭が沁みついているのだろう。女にモテないのもそのせいなんじゃないかな?
「人探し『だけ』なら専門だ」
「……」
探す相手との因縁がある場合、話が変わってくる。
……千は『豆降様』のご利益とやらは眉唾ものだなと思った。少なくとも、美咲は『悪縁』を『切る』つもりでいる。
『豆降様』を信仰しているなら、美咲という『悪い過去』が追ってくることもなかろうに。
千は財布から安物の名刺を一枚取り出した。車内の薄い光の中で美咲は目を細めた。
「私立探偵……」
「専門は浮気調査と人探し、ペット捜索だ。オレを雇うのならば、『フリ』じゃない連れになってもいいが?」
美咲は少しばかり考え込んだ。そして少しばかり困った顔でこう尋ねた。
「ツケは効きやすかい?」




