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武器を取れ、ドラゴンを殺す 第二部 『補欠の僕らも星を見る』  作者: 運果 尽ク乃
序章 2008年の暗夜行

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20006 『豆降様』


 薄暗くなり始めた駅前に、アイボリーのマイクロバスが停まっていた。

 車体側面には『獅子堂会』の文字。18人乗りの車内の、後ろの方には巨漢の黒人と金髪の痩せ男、貧相な中年『アナグマ』。


 前の方で運転手と談笑する中年男女三名。こちらは『村』あるいは『施設』の関係者なのだろう。

 探偵目貫(めぬき)(あまた)は写真を片手に運転席側の男女に近づいた。


「すいません、人を探しています」

「はいはい? ……うーん、若くてかわいい子だね。こんな子いたかな」

「最近は新しい子が多いからね」


 運転手は五十台の太った男、四十台の夫婦とみられる二人と、三十半ば地味女という組み合わせだ。


「上にある『村』? 『施設』まで連れて行ってもらってもよろしいですか?」

「別にいいんじゃない? 『うち』は来る者は拒まずだし」

「……何があるんです?」

「知らないで来たの!?」


 驚いた様子の四十代女。表情に乏しい三十女と違い、よく笑い魅力的だ。

 しかし、そう言われても、定食屋の親父は詳しいことを知らなかった。何らかの断絶がある。


空戸(あきど)山の施設ですよね?」

「『豆降(まめふり)様』はご存じ?」

「村の名前ではなく?」

「村の守り神様だよ。室町だか桃山の時代に、飢饉(ききん)から村を救った空の神様さ」


 三子山にはそれぞれ木の神、空の神、沼の神が祀られていると聞いた。

 一番格上の空の神ではなく木の神。千はとりあえず神妙(しんみょう)に頷いた。


「『豆降様』は神の蔵の戸を開けてくだすった。そして空から豆の雨が降って、村は生き延びた」


 豆の雨……だから豆降というわけか。


「『豆降様』は空の穴から地上を見守る、ライオンみたいな姿なのさ」

「は?」


 日本の神様で、ライオン? イメージが湧かずに千は首を傾げた。

 そもそもライオンはアフリカの生き物だろうに、ヨーロッパでも伝説上の生き物として崇められているが。


「獅子舞もライオンだろ。ここいらの獅子舞は口から豆を出す、その豆を食うと縁起がいい」

「へえ」

 

 獅子舞と言われればイメージもしやすくなる。しかし、獅子姿の神は日本では珍しい、気がする。


「宍戸様はその『豆降様』の社殿を作り直して、お祀りしているのよ。古い書物によると……『豆降様』はお豆をくれるだけの神様じゃないんですって」

「でも、豆ってェことは『魔を滅する』邪気祓いの神様なのでは? 無病息災、邪鬼退散」


 突然背中から声を掛けられ、千は慄然(りつぜん)とした。振り向くと若い女が立っている。足音も気配もなく。突然生えたような存在に、千は小さく息を吐いて自分を律した。危うく殴る所だった。

 女の子は殴っちゃいけない。特に、この子みたいに犯罪の気配のしない普通な子は。


「すいやせん。後ろの人たちが怖いので、ツレのフリさせてくだせぇ」

「…………」


 耳元で囁かれて、千は頷いた。後部座席あたりを占拠している黒人は、何やら異様な雰囲気を漂わせていた。ハードボイルド小説なら後々殴り合いになりそうだが、正直千は関わり合いになりたくなかった。

 しかし……右目を隠した黒のウルフカット、両耳には複数のピアス、肉感的な唇にも一つ。黒のベストにタイトスカート、チョーカー。二十代前半だろう。随分とロックだ。千とは別世界の人間にしか見えない。『連れ』と呼ぶのはいささか不自然だった。


 しかし……『アナグマ』みたいなむさいおっさんよりも若い子の連れの方が嬉しい。千は仏頂面の裏で熱烈歓迎した。


「そういうのもあるけど、過去をね」

「過去?」

「昔の悪いことの浄化をしてくれる。そんなご利益もある神様なの」

「…………」


 罪を浄化してくれるとか、トラウマを解消してくれるとか。千は心中で眉に唾を塗った。新興宗教やインチキ霊感商法でよく聞く単語。そういう話か?

 でも、悪縁を切ってくれる神様のように、過去の悪縁や不幸を切り捨ててくれると考えれば……理解できる。


「『獅子堂会』は、そのための場所なの」

「へぇ……そうすると、妹もそうなのかもな」

「バス、出ますよ」


 運転手に促され、真ん中あたりの席に座る。当然のようにさっきの女が隣に来た。


「あざます。あっしは美咲ってェ、ケチな女です。お兄さんは?」

「目貫だ。美咲は『悪縁切り』に?」

「『そんな所』です」


 あっけらかんと答える美咲の言葉の中に、千は含むものを感じ取った。

 しかし同時に、この女は後ろの連中と違って堅気であると断言できた。『アキナ』こと佐摩愁子みたいな夜の女たちとも違う。退廃の臭いもせず、死に毒されてもいない。


「オレの探し人はこの女だ、美咲のは?」

「……なぜあっしも人探しだと?」

「『施設』に居るんだろ? 『悪縁』が」

「思ったよりも面倒な方に声をかけちまいましたかね」


 あからさまな警戒に、千は安心した。見た目はロックだがまともな精神性を有している。きちんと警戒できるのだ。千は自分をアウトローだと認識していた。手放しで信用するには、あまりに胡散臭い。

 社会のドブの悪臭が沁みついているのだろう。女にモテないのもそのせいなんじゃないかな?


「人探し『だけ』なら専門だ」

「……」


 探す相手との因縁がある場合、話が変わってくる。

 ……千は『豆降様』のご利益とやらは眉唾ものだなと思った。少なくとも、美咲は『悪縁』を『切る』つもりでいる。


 『豆降様』を信仰しているなら、美咲という『悪い過去』が追ってくることもなかろうに。

 千は財布から安物の名刺を一枚取り出した。車内の薄い光の中で美咲は目を細めた。


「私立探偵……」

「専門は浮気調査と人探し、ペット捜索だ。オレを雇うのならば、『フリ』じゃない連れになってもいいが?」


 美咲は少しばかり考え込んだ。そして少しばかり困った顔でこう尋ねた。


「ツケは効きやすかい?」


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