20246 熟達のカードゲーマー
「がば…………ごぼがぁ〜〜〜ッッ!!!」
小野の判断は適切だった。
異様な強度を誇る雷切に対して、囲んで叩くような戦法ではなく、その防御性能を無効化する策を取ったのだ。
タコの脚のように絡みつく無数の帯、小野の【防具】。前もって整えておいた呼吸。小野の勝ち目は十分にあった。
勝ち目はあったが、雷切には小野の知らない力が多すぎた。
「…………ごばっ」
大きな泡の塊を吐き出す雷切。仕留めた。小野のミスは……これをミスと呼ぶことに少なからずの抵抗があるが。
雷切がワニの女王として水の権能を得ていた事である。
一瞬の呼吸不全に陥った事で、他ならぬ雷切自身がその事実に到達した。
パニックしていなければ、むしろこの戦場はちぃに有利なんじゃね……?
水中で呼吸ができる訳では無いが、水中でもほとんど行動に抵抗が無い。あんなに息を吐いたのに、まだまだ意識がはっきりしている。
「…………?」
雷切の挙動が変わった事に、小野はすぐに気がついた。ぐったりしたが、意識はある。むしろ、積極的に小野に手を伸ばして来た。
そもそも、雷切の防具は水中戦を可能としていた。嘘みたいな話ではあるが、彼女のモチーフは『弟橘媛』。海神の生贄、人柱である。
小野は戦い方を変えた。雷切の喉に手を伸ばす。絞め殺す! だが、それは障壁に阻まれる。力がこもらない。
浅い水の中で、雷切が「ふひひ」と笑った気がした。
まさかこのドレスで水中戦を可能とするとは!
「ぐぇっ! ゲホッゴホッ!!」
「へ? ふぇぇ!!?」
次の瞬間、雷切が水中から引き上げられた。暗闇と振り注ぐ雨の中で浮かび上がるシルエット。小柄で小太り。
「そ……袖搦さん……ゲホッ」
「ふひっ、アンタ程度で何ができ……」
雷切はその男を、袖搦叉刺を軽く見ていた。
【武器】は非殺傷武器であるさすまた。【防具】は持たない。いつも穏やかで、争いを好まず、人々の平和のためにと戦いに躊躇した警察官。
だが、雷切は間違っている。
袖搦もまた【狩人】である。つまり、彼もまた例に漏れず『殺し奪うだけの才能』に溢れているのである。
「あぶっ!?」
「そ、袖搦さん……ッ! 立花は……」
「無力化する」
皆まで聞かずとも、袖搦にも雷切が【ドラゴン】である事は理解できていた。
そして、僅かな時間の水中戦で、いくつかの推測も。
袖搦は警察官であるが、同時にカードゲーマーである。論理的思考と、限られた手札による戦略。そして、相手が裏向きにしたカードを推測する能力に長けていた。
多くのゲームにおいて、勝利のセオリーが存在する。
無限に等しい選択肢のある世界ではあるが、それでも『最適解』に収斂していく。
その時その時でどのカードの組み合わせが最強なのかという話になるのだ。
セオリーが分かれば、相手の持ち札も想像できる。
だが、トレーディングカードゲームは、他のゲームと一つだけ大きく異なる点がある。
それは、セオリーからわざと外れ、相手を混乱させる『分からん殺し』を狙うことがあり得るということ。
袖搦自身は真面目で実直な性格故に、そのような挙動を不得手としていた。しかし、ゲームをしていればいやがおうでもそのような相手とぶつかる。
もちろん、ゲームを行う相手やグループにもよるだろう。袖搦自身は気の合う友達とワイワイやっていればそれで満足できるエンジョイ勢だ。
…………が、彼の女子大生の恋人はプロゲーマーであり、彼女のプレイテストのためにその手の初見殺しは頻繁に目にしてきた。
つまり袖搦は初見殺しに対抗する訓練を、常日頃行っていた。
逆に雷切は、想定外の事態に極めつけに弱かった。突然天地が逆さになり、脳天から水に叩きつけられて初めて、袖搦という男の危険性に気がついた。
「おごぶっっ!?」
袖搦は合気道と柔道の有段者だった。対する雷切はド素人だった。彼女がもう少し真面目ならば、このような事態に陥ることは無かっただろう。
なにせ、イムホテプたちと旅した十日間の間に、千や『シャーク』、小野は袖搦に手ほどきを受けていた。具体的には死ぬほど投げ飛ばされていた。
【狩人】の【義体】は頑丈で、脳震盪も起こしにくいし、三半規管もしっかりしている。
普通の人間は三回も投げ飛ばされれば意識を失うか、そうでなくとも朦朧として立ち上がれないものだ。訓練していなければ一回でも無理だろう。
「けべぽっ!?」「くきゃらばっ!!」「こぶぺっっ!?」
独特の悲鳴を上げながら投げられ、地肌や水にたたき落とされること十回以上。雷切は完全に伸びていた。
袖搦はうつ伏せの雷切に馬乗りになり、がっしりと固めながら小野を見た。ようやく息の落ち着いた小野は、小さく口笛を吹く。
「あー…………助かりました」
「殺さないよ」
「…………」
二人が、暗闇に目を向ける。幅広で肉厚な両手剣を担いだ女が、暗がりから現れる。
「でも〜、【ドラゴン】なら首を刎ねるのがいいと思うんだけど〜?」
佐摩椿姫である。彼女はちどりに脚を傷付けられていた。既に傷は癒えているものの、好意的な態度は取れない。
「法に従うべきだよ。罰を与えるのは個人であってはならない」
「私の剣は、許しそのものよ?」
椿姫の言葉に袖搦と小野は失笑した。何をいっているのやら。
「私の剣は、罪をそそぐためにあるのよ」




