20244 女神のような
「無事か立花! 風邪は……ひかねーな? よし、市民の避難を手伝ってくれ」
「え? え? いや…………なんて?」
「ここは『お前の街』だろう?」
幽鬼のような姿、澱んだ双眸、残忍な笑顔、脅すような言動。そのすべてを無視して小野は雷切に近付いた。
まるで警戒心がない。逆に雷切がひるむほどに。
「こ、ここは……エレファンティネは……ちぃの街じゃ……」
「お前なぁ……ネヘプの彼女なんじゃねぇのかよ?」
「…………」
そう、そうだ……。
仇国の魔女 雷切ではなく、立花ちどりは、ネヘプの恋人だった。
「でも、この街の連中は……恩知らずじゃん!!」
「全員じゃない。扇動に乗ったやつもいるけど、ただ怯えてた人がほとんどだ」
「それは……そりゃさ……」
ネヘプによる豊かさは、少数の犠牲を強いた。人道的、倫理的には許しがたくもも、共倒れの全滅は看過できない。為政者らしい選択だった。
それが正しかったのか、誤りだったのか。神ならざるものには分からない。そして、『善くあれかし』という祈りは、まず大抵聞き届けられない。
どれほど苦しんだ選択も、後世から見たら間違いだらけだ。
「…………でも、ネヘプ様は死んじゃったんだ」
「そして立花が【ドラゴン】に成ったと、流れは分からんが」
小野の【狩人】としての直感が、ちどりは……もはや元の存在では無いと告げていた。
「小野はタンテーの彼女なん?」
「あ? ちげーよ。あたしらはそんなんじゃない。だって…………いや、ええと」
小野は口籠った。年代が違うなんて、他のやつの前ではともかく、ちどりの前では意味がない。
「あたしは探偵さんみたいな男が必要だけど、探偵さんはあたしじゃなくてもいいだろ?」
「逆に見えんだけど……」
苦笑いのちどりは、濡れそぼった髪をぐしゃぐしゃと掻き乱した。
「ちぃさ、小野が嫌いなんだけど、なんで小野は普通なん?」
「あたしは別に嫌いじゃねーからな。手のかかる妹みたいで、かわいいもんだ」
嘆息するちどり。複雑そうな微笑み。その儚げな表情に、小野が片眉を上げた。
「ふひっ、んだよ?」
「なんでもねーよ。そんでどうすんだ?」
「あー、悪いけど……ちぃは【狩人】全員ぶっ殺してこの国もぶっ壊すって決めちゃったから」
何でもないように、『今日はラーメン食べに行くって決めてあるから』とランチの誘いを断わる程度の雰囲気で。
「うん……羨ましい。そんなに誰かを好きになれて」
「あ、それ。もしもちぃに会ったら言っといて」
「あ?」
「ちぃは、誰かを、愛せたって」
ちどりが右腕を振り上げた。手にしたステッキから輝く粒子が広がる。
みかん色の差し色の入った、ホワイトのバトルドレス。長手袋、ハイヒールのショートブーツとニーハイソックス。絶対にパンツの見えないミニスカート、脇腹は見えるけど谷間は見せないトップス。
腕輪やベルト、ネックレスなどのアクセサリが装着され、両耳にピアスが揺れる。長い髪は白金に染まり、複雑に編み込まれる。先端はピンクにグラデーション。
一瞬で化粧も決まる。魔法少女プリンセス・キサラ……いや、その決意と覚悟に満ちた表情は仇国の魔女 雷切のそれ。
対して、小野も【防具】を身にまとう。彼女の【防具】は銀鼠色にグリーンの幾何学ラインの入った、近未来的なボディスーツと、タートルネックリブセーター。
ボディスーツは、実際には巻き付きながら締め上げる帯である。
「つーか立花、なんだそりゃナメてんのか!?」
「んぁぁ? 笑うんか??」
「ざけんなよ。無茶苦茶美人で後光まで差してんじゃねーか!!? さっさと使えよ! その格好で『ケンカはやめて暴動を止めて』って歌えば絶対に暴動収まってたぞ!!」
小野がキレるのも仕方ないだろう。端から見れば、ちどりは美しく神々しい女神そのものだった。
「ふひへっ!? 騙されんぞ!! なんだいそのカッコ! 男殺しのおっぱいオバケか!?」
「ちげーし! つーか、ムカつく言い方すんな!」
子供みたいな口喧嘩をしながら身構える二人、小野の左手に粒子が集まる。30センチ程度の柄に、小振りながら肉厚の片手斧刃が形成される。
「バーカバーカたぬき顔!」
「うるせーチビ!」
もはやただの子供のケンカだ。聞いている限りはバカバカしい。しかし行動はシリアスだった。
右手のたいまつを雷切の顔面に投げつける小野、振り払う一瞬で屋内に飛び込む。ランプの一つもない屋内は、完全な闇である。光源は……常に薄っすら発光している雷切のみ。
「逃げんな!」
屋内から飛んでくる手斧。雷切は予期していたため軽く避ける。
小野の【武器】は同時召喚二本まで。つまり、次を出すには粒子による発光が必須。
雷切は舌打ちして目を凝らした。
暗闇の戦闘では、常に発光している自分は不利となる。小野はどうする? 見つかるのを承知で手斧を出す? それとも、その辺の道具を間に合わせの武器にする?
「そこっ!!」
視界の隅で何かが光る。粒子の輝き。雷切は即座に千鳥鉄を振るった。細い鎖の先端の、千鳥型のエンブレムが闇を裂く。
「残念」
「ふぇ……? あぶわっ!?」
背後に立っていた小野の強烈な右ストレートが、振り返った雷切の顎を打ち抜く。
雷切はたたらを踏んだ。ボディに一撃。更に鼻を狙って追撃の右。
「な、なんでぇ!?」
「固ってぇ、皮膚に鉄でも仕込んでんのか……? あたしゃ尻尾が生えてんだよ!」
驚くべき事に、小野の尻から黒い尻尾が伸びていた。手斧はその先端に召喚されている。
「サキュバスだからなん!?」
「ちげーし!! つーか、サキュバスって尻尾あんの?」
もちろん、サキュバスだからではない。
小野のボディスーツは帯状であり、その一端を操作できた。今現在は『追加の腕』程度の挙動を可能としていた。
「ォらぁ!!」
鼻と目を狙って打ち込まれるジャブ。雷切は避けきれない。しかし、ダメージは明らかに少ない。
「チッ、反則だろそれ!」
「ドスケベサキュバスに言われたかねーやい!」
「ど、ドスケベちげーし!!」
「やっぱりサキュバスなんだー!?」
小野は雷切のネックレスを掴み、鼻っ柱に頭突きした。折れない。固い……腹を蹴って距離を取る。
「立花お前……面白い【防具】してやがるな?」




