20241 『仇国の魔女 雷切』
遠く、空の彼方で光が落ちた。
僅かな時間を置いて、叩きつけるような轟音が【狩人】たちの耳朶を叩いた。
「…………ネヘプ様が死んだ」
周辺には四つのワニの死体と、二つの重傷体が転がっていた。
魔法少女姿のちどりと、彼女にじわじわ近づいていた『シャーク』。戦況は拮抗していた。
千鳥鉄での攻撃は見切られ、確実なダメージは与えられず、脅威のはずのクロコダイルたちはレイオマノの毒牙にかかって散るばかり。
対して『シャーク』も攻めあぐねている。彼が暗闇でワニを察知できるのは、サメのような嗅覚のなせる技だった。しかし、周辺に散らばったワニの肉片や血飛沫が、彼の嗅覚を惑わせる。
その時である。
突然の遠雷。ぐらりと傾くちどり。膝から崩折れ倒れ込んだ。
「…………立花?」
「ネヘプ様が、死んだんだ!!!」
ワニたちが動きを止める。『シャーク』も身動きが取れない。今すぐレイオマノを直接叩き込めば討てるかもしれない。しかし、そうできない部分が、『シャーク』にもあった。
「…………分かるのか?」
「ふひ……ふひひひひ……なんだろねコレ。ネヘプ様がタンテーに殺されたのが分かんだよ……クソ……クソ……うぐ、うくぅぅぅ……」
声を噛み殺して嗚咽を漏らすちどり。『シャーク』は天を仰いだ。これでは殺し合いはおしまいだろう。
「ネヘプは【ドラゴン】だった」
「ちげーよバーカ!! だったら終わるはずじゃん!!」
「…………」
『シャーク』は言葉を失った。ちどりの言葉はもっともだ。【ドラゴン】が死んだ時点で、精神は現代に戻ると聞いていた。
しかし、それにはまず本当にネヘプが死んでいるのかどうかという話になる。
「あーあ……グスッ。あんたらに、この気持ちがわかるかよ……愛する人がこの世から永遠に消えた気持ち…………永遠にだ」
「分かる」「…………ああ」
深く頷く『シャーク』そしていつの間にか起きていた翔斗。翔斗は武装を解除して、顎から流れる血をハンカチで押さえていた。
「分かるもんかよクソどもがてきとー言うなよ死ねよふざけんな!!」
「…………」「…………」
生まれるはずだった子供を失い、蘇らせたい『シャーク』と。
姉のように慕っていた人物が死亡し、弟広斗のおかげでその死が覆された翔斗である。
当然分かる。
しかも翔斗は、姉の死の原因となった、彼女の勤めていた会社の上司を襲い、脅迫し、暴行した罪で服役経験もある。
何もかも、文字通り世界そのものを破壊してやろうという破壊衝動にすら理解があった。
…………が、ちどりが欲しいのは二人の同意や同情ではない。そもそも二人に話しかけている訳では無い。
ただ、このもはや取り返しのつかない状況を嘆いているのだ。かける言葉には意味などない。聞く耳持たない。
それも、翔斗には理解できていた。
「クソッ、ドちくしょう……! タンテーは『現代に戻れないかも~』とか言ってたけど、そんなの……そんなのどーでも良かった。
現実なんてどうでもいい、ちぃにはここしかないんだよ……ネヘプ様が居んのは、ここだけなんだ……ッ!」
子供のように四肢を振り回して暴れるちどり。端から見ればシュール極まる。笑いすら浮かぶ。
だが翔斗も『シャーク』も、神妙な顔で話を聞いていた。
「はっ! ふひひっ! ……どーせちぃはそんななんだ。生ゴミ以下の存在なんだ。何者にもなれやしない。
この服にふさわしいヒロインになりたくても、犠牲になるような勇気はねーし……」
プリンセス・キサラは生まれついての人柱だ。弟橘媛の化身である以上、天変地異を終わらせるために生命を絶つのが定めである。
空に……現代では見えない満天の星空に手を伸ばすちどり。
だが、それを遮るものがあった。
「ふっ、ふひひ……っ。なんだよ……ひぐっ。ちくしょう……ちくしょう……」
天を覆う暗雲、頬を濡らす冷たいもの。涙よりも冷たい雫。
「人柱は、ちぃの役目なのに……ネヘプ様ぁぁ…………」
ネヘプの死とどんな因果かは不明である。しかし、あっという間に空を覆った暗雲から、土砂降りの雨が振り注ぐ。
彼の存在が、この国から雨を奪っていたのか。
あるいは。
ネヘプの犠牲が、この国に雨をもたらしたのか。
「顔も姿勢も悪いから、どうしようもなく可愛くなくてさ。優しい人間に憧れるけど、SNSで誰かを笑うのがシュミのドブカスで」
泣き笑いのちどりがゆらゆらと立ち上がる。
「そんなちぃを、そのままで愛してるって言ってくれたんだ!!
こんな卑屈な笑いしかできねーモサ女を、腕にアホみたいに穴の空いたキズモノでも!!」
雨に負けない、雷をも引き裂くような咆哮。雷光を背負い鬼気迫る、救国ならぬ仇国の魔法少女。
「ふっ…………ふっふひひっっ!! 全部壊してやる。ネヘプ様が手に入れられなかったもの。ネヘプ様を追い詰めたもの。何もかも全部をだ」
振り上げたステッキに雷が落ちる。『シャーク』と翔斗は眩しさに顔を覆った。
…………戦国武将立花道雪は、ある嵐の晩に雷神を斬り伏せたとされている。その時、愛刀『千鳥』に別の名を付けた。
雷神殺しの代償に、立花道雪は半身不随になったとされている。半身を失い、代わりに。
『千鳥』は、『雷切』と名を改めた。
落雷の直撃をものともせず、むしろ神々しいまでに輝く魔女。
それはもはや立花ちどりでも、ワニの神セベクでも、『プリンセス・キサラ』でもない。
『仇国の魔女 雷切』は【王】だ!




