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武器を取れ、ドラゴンを殺す 第二部 『補欠の僕らも星を見る』  作者: 運果 尽ク乃
第二章 仇国の魔女

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20240 私の蓮

 宵闇が迫る王都の宮殿、黄金と絹、ラピスラズリでかざられた豪奢な長椅子にだらしなく横たわり、一人の少女が。あるいは少女の形をしたものが貴重極まる果実水をぞんざいに口にしていた。

 彼女の視線は南へ。エレファンティネへ。大いなる【(ナイル)】の水源へ向いている。


「あらあら、ようやく【(ドラゴン)】が目覚めたわ。ホントに全く、ネヘプお兄ちゃんたら期待外れで見当外れ。

 平和ボケしたネチェリケトお兄ちゃんに人間の本性を見せてくれると期待してたのに」


 少女。【女王(イシス)】あるいはこの世界を侵略する六柱の【(ドラゴン)】の一柱。【シンビウス】。



「邪魔な【客人(ディシディアン)】を皆殺しにして、戦乱と破壊を撒き散らす。そんな役目を捨てちゃって、泥に沈んで馬鹿らしい」


 【シンビウス】の目が緑に光る。闇に潜むネコ科の獣のごとく。


「でもダメダメ。てんでダメ。許されないし許さない。私という【(オンナ)】が有りながら、別の女に祈るなんて許さない。

 そこがお兄ちゃんの限界点。泥沼出れずに溺れて死ぬの。ホント無様で可哀想」

 






 古代であっても、この時代が優れた文明を持っている証拠に、数字の象形文字がある。

 桁ごとの象形文字があり、最大数は百万。天を支えるヘフ。時間を司る神であり、無限(あまた)を意味する存在だ。


 そのヘフは『永遠の安定』を意味するものの、あまりにも古く、お守りなどには使われても強い信仰の対象ではない。

 いわば陳腐化した神であった。


「お前の名前はどういう意味なのだ?」


 何日前の事だろうか。『三人目の女』の黒く美しい髪を(ねや)で撫でながら、ネヘプは尋ねた。香を焚き込んだ髪の匂いを嗅ぎ、接吻する。


「ひへっ……ええと……たくさんの鳥? そういう織物の柄もあんですけど……千羽の鳥って意味です……」

「千か。我が国では千は蓮の花で表す。沼一面に咲く美しい花。チドリにぴったりだ」


 肩を抱き寄せる。白くはかない体。右腕にキスを降らせる。無数の牙の後に、丁寧に。


「ふへっ? ひひ……くすぐったぃ……沼って、ヨゴレって意味です?」

「チドリは美しい。泥の中で咲いた大輪の花だ。汚泥に沈んでいた私の世界で唯一の美しいものだ」


 どれだけ褒めても、その美しさを讃えても、むしろそうすればそうするほど、ネヘプの愛する人の表情は曇る。

 愛し合っている間は、言葉がなければ、あんなにも美しく微笑んでくれるのに。


 言葉を尽くせば尽くすほどに、彼女の笑顔は歪んでしまう。

 これまで、ネヘプに求められてきたのは言葉だった。言葉だけがネヘプだった。


 ネヘプには彼女が理解できない。求めるものはすべて与えているはずなのに、胸が苦しくなるほど求めているはずなのに。

 彼女は受け取らない。彼女はネヘプを信じない。

 

 【女王(イシス)】に祈ることで、手に入らないはずのものが手に入るはずだった。

 それは玉座であり、栄達であり、支配であった。


「うおおおお! 【シンビウス】!! 【シンビウス】よ!!!」


 だが、祈りの果てに、破滅と死を目前に控えて、ようやくクヌマトネヘプは理解した。

 富や権力が、私の本当に欲しいものだったのか??


 私が、欲しかったのは…………もっと、単純で、普遍的で、素朴な……………………。






「…………アマタ、一つだけ、伝えて、くれないか…………」?


 戦いにはならなかった。すべてが一方的で、圧倒的。それは蹂躙(じゅうりん)だった。

 接敵から一合。ネヘプの身体には、七本のドライバーが突き刺さっていた。右手、右腕、両の太ももに二本ずつ、そして左手の甲。


 左手で防がなければ、ドライバーの切先は脳に達していただろう。

 探偵目貫(めぬき)(あまた)同様に潰れた右目。肩で息をしながら、ネヘプは命乞いではなく伝言を頼んだ。


「すまんな。俺は優しく殺せない」

「安心しろ……最後まで抵抗する……ふぅ」


 遺言であるが、それでも抵抗を諦めた訳では無い。残されたネヘプの左目には消えない闘志が(くすぶ)っている。

 千は認識を改めた。


「チドリに……」

「立花に?」


 千は眉をひそめた。イムや王神、シスではなく……ちどり?


「…………笑顔が好きだ。と」


 右目を失い、満身創痍で、『クヌム』は使えず、野心道半ばにして……。


「ネヘプ、一つお前に訂正をしておく」


 太もものドライバーは大動脈を貫いている。両手のひらは完全に穿たれて、腰のコペシュは握ることもできやしない。

 それでも、せめて一矢は報いてやるとばかりに。ネヘプはよろけながら掴みかかった。


「お前は半端者じゃない」


 打つ手は数多。貫く姿。


 千にできるのは、手加減せずに確実に屠ること。そんな不器用な敬意だけであった。

 殺す他に、道はなかった。


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