20236 魔法少女
「降伏しろ、オレはもうこれ以上死人を出したくない。人が死ぬのは……」
探偵、目貫千の言葉に、隣にいた『シャーク』が目を見開く。呆然とするその顔は完璧だった。
ポロルを失ったことで、タフな探偵の心にもヒビが入った。
こんなあからさまな弱点。つまり、翔斗とちどりの狙いは『シャーク』に集中することになる。千は戦力外だ。
『シャーク』の不安な視線、千は頭を振った。
「頼む……オレは【武器】を抜きたくない。オレはポロルに、『何も残せなかった』」
「…………」
『シャーク』の目付きが鋭くなる。
この決闘、千たちが極めつけに不利であった。なにしろちどりは千と『シャーク』の【武器】を知っている。
対して千たちはちどりが隠しているものを知らないし、翔斗のことも知らない。
知識は武器である。『敵を知り己を知れば百戦危うからず』。そして千たちは敵を知らない。
だから千は、同じ状況を作ったのだ。ちどりと翔斗が判断を誤るように誘導したのである。
そして『シャーク』には確実に分かる嘘で合図した。
「立花さん、一人ずつ順番に倒す」
「あいあい!」
「来いッ!」
身構える『シャーク』、千の言葉に聞く耳はない。問答無用とばかりに翔斗が突進した。
迎え撃つ『シャーク』の武器はレイオマノ。これは船の櫂のような武器である。柄の長さは120センチ、150センチの太いプレート。プレート部位にはサメの歯がきれいに埋め込まれていて、特大のこぎりの様相である。
実際使い方はのこぎりに近い。サメ歯を連続で当てることで相手を切り裂くのだ。
しかし、当たり前のことではあるが、木と歯の武器で金属鎧を貫くことは不可能である。
『シャーク』はレイオマノを大上段から、両手剣のように振り下ろした。
翔斗の左手が叩きつけられたレイオマノを受ける。金属鎧があっても、長身による長物の振り下ろしは危険であった。
船の櫂だと思うから危険度を見誤る。実際にはその武器は2.7メートルの大型木刀である。
衝撃の直前に翔斗の左腕に粒子か輝く。不可視の【盾】の発現。
千と『シャーク』は袖搦からその存在を聞いていたが、目撃は初めて。斜めにレイオマノを受け流す【盾】。見事に懐に入り込んだ翔斗が、腰の刃を引き抜く仕草。
一瞬で召喚された、刃渡り20インチの美しい両刃剣。
翔べよ鶴翼、舞え利剣!
すくい上げるように動いた切先が『シャーク』の喉頚を狙う。
しかし空振り、千が『シャーク』の首根っこを引っ張っていた。
「ふっひひ!!」
長い柄で翔斗を狙う『シャーク』であったが、そのプレート部分に細い鎖が巻き付き、攻撃を妨害した。
側面に移動したちどりのステッキのエンブレム部分。千鳥型の金属部位が分銅代わりになっていた。
即座に解消する『シャーク』。追撃を狙う鶴来の脇に、千が拳を叩きつける。
「ぐっ!」
180センチの巨漢のフックは無視できない打撃力だ。翔斗が車輪型の柄頭で千を殴打……できない。その直前に手首を受けられている。
親な予感に襲われた翔斗は、【盾】の打撃で千から距離を取る。いい勘だ。そうしなければ翔斗の右腕は破壊されていた。
『シャーク』がレイオマノを呼び出しながら大股でちどりに向かう。
「こう見るとさぁ! 意外と怖くないなぁ! ひひっ! 土下座とか要らんかったんじゃね!!?」
ムチのようにしなる鎖、亜音速で襲いかかるエンブレムを、『シャーク』は無視した。
「…………」
「ぐぇっ!?」
『シャーク』の【防具】は薄い。背中を打ち付けた千鳥型のエンブレムが内側でひどい内出血を作っていることだろう。
だが、肉を切らせて骨を断つ。までは行かないが、『シャーク』は一矢を……もとい一歯を報いていた。
親指で弾いたサメの歯が、ちどりの肩に突き刺さる。『シャーク』はレイオマノの材料になるサメ歯単体での召喚が可能だった。
「あっあっ、ひぇ……ゆるし……!?」
「立花さん!!」
レイオマノの射程! 慌てても命乞いしてももう遅い。千を振り切って助けに行こうとする翔斗、千はそれを許ない。
足で召喚したドライバー、かかとで踏みつける。具足は貫通しないが、意識を向けることに成功。
【盾】による苛烈な殴打が千を襲う。壁そのものでぶん殴られたかのような衝撃。
その間に、ちどりの全身が粒子で光り輝いていた。
「天女だ! 我が麗しの君!!」
ネヘプが叫ぶ、その恍惚とした響き。千は目を向けた。翔斗も振り向いた。しかし『シャーク』は止まらない。
「ぐぇぇぇ!? 変身バンク中に攻撃すんのは反則なんよ!!」
ちどりの長い髪が暴風で翻るようにたなびき、自動的に複雑に編み込まれる。側頭部で結ばれたツインテール。輝く黄金の髪、緩やかにグラデーションして先端はピンクに染まっていく。
白がベースで蜜柑色の差し色が眩しいバトルドレス。豊かな胸元、肩、太ももなどを強調しながらも、清楚さも失われない。
魔法少女だ。
M田は神奈川の新宿歌舞伎町である。コスプレ風俗も複数存在する。それだけではない。駅の西側には『アニマイト』『県内最大のブックオブ』『カードショップ晴天』などが並び、近隣のオタクはこぞって集まる。
それ故に、千が魔法少女のコスプレを見たことがあるのは当然だった。
ちなみに、『それっぽい』印象しか持っていないので、本編知識は皆無である。
「祈りのプリンセス・キサラぁぐぇぇ…………痛ってぇぇぇ……っ!!?」
ポーズを取った瞬間に側頭部をぶん殴られて、ちどりは吹っ飛んだ。吹っ飛んだが…………額から血を流しながら立ち上がる。
まるで、本物の魔法少女のタフネス。千は慄然とした。




