20235 決闘
「どうしてそっちに立っているんだ。鶴来さんよ」
イムの前には探偵目貫千と、サメのように感情を感じさせない大男、『シャーク』こと行々子マノ。
そしてネヘプの前には立花ちどりと鶴来翔斗。
翔斗は、クリス及び佐摩椿姫といっしょに『神殿』側。つまりデモ隊側に立っていたはずである。
「椿姫さんとクリスはどうした」
「……待て待て待って! それより目貫さん目ぇどないしたん!?」
割って入ったのはちどりだった。先端が黒い白の甲冑に身を包んだ翔斗と違い、ちどりはこの時代の絹のドレス姿のままだ。
「潰した。ポロルは死んだ」
「ヤッくん…………あー……ふへっ、じゃあ小野も?」
「小野は生きてる。悪いな」
「…………」
問答無用で前に出る翔斗と違い、ちどりは少し喋りたそうだった。彼女が小野にライバル意識を持っているのは知っていた。
しかし、死んでたら笑うほど嫌っているとは思っていなかったが。
「残念か?」
「え……ええと……」
いや、千は認識を改めた。ちどりは何も考えていないだけだ。反射的に嘲笑ったが、きっと小野が死んでいたら普通に困っていたのだろう。
「ちどりも鶴来も、【狩人】の目的は【ドラゴン】殺しだと忘れるな。お前らは顔見知りの【狩人】と殺し合う覚悟があるのか?」
「あるに決まってんだろ! ちぃの【望み】は『愛』なんだよ!!」
臆面もなく『愛』などという言葉を叫ぶちどり。千は鼻白んだ。
「鶴来は? 【望み】が叶っているからどうこうじゃなかったのか?」
「そうだ。僕の【望み】は叶っている」
だから別の誰かのために【武器】を取ると言っていたのが翔斗だったはずである。
「ショート」
「僕はお前の味方じゃないぞ」
話しかけたネヘプに、翔斗は冷たく言い放つ。あからさまな敵意がある。であるのに、戦意は千たちに向いていた。
「僕は立花さんに償わねばならない。僕らの願いを叶えるために、僕の弟は彼女を傷付けた……。
立花さんの心の傷を癒せないなら、僕はせめて……っ!」
千は周囲を確認した。兵たちは状況に対応しきれていない。誰に武器を向けるべきか迷っている。
それはネヘプもイムも気付いていた。
「諸君、彼らは……ッ」
「オレは目貫千だ!! 王神ネチェリケトが腹心、イムホテプの戦士である!!
隣は『シャーク』!! 我ら二人は代行者としてクヌマトネヘプに決闘を挑む!!」
ネヘプの言葉に被せるように千は叫んだ。ネヘプが来た時のために準備しておいた言葉だ。
「ぐっ……アマタ、言ってくれる」
「神聖な決闘だぞ!! 相手は鶴来とお前か?」
ネヘプが翔斗を見た。翔斗は逆に反応しない。
今、ネヘプが何を考えているのか千にはよくわかる。
奴は迷っている。自分で戦いたくないからだ。ネヘプの実力は不明だが、半日前に背中に手斧を受けて怪我をしている。
そして何より、ネヘプは翔斗を信用していない。
ネヘプが【ドラゴン】であるならば、この場での決闘は二対二ではなく三対一になりかねない。
信頼関係が無いのは当たり前だ。
そもそもネヘプは、誰も信じていないのだろう。
…………しかし、しかしだ。ちどりを前に出して自身は安全な場所に立つのは、プライドが許さないのだろう。
その無駄なプライドこそが、ネヘプの弱点だ。付け入る隙だと千は考える。
「ネヘプ様ぁ、ちぃに任せてよ」
「良いのか?」
「ふひっ、愛の力を見せたらぁ!」
あからさまな安堵を見せるネヘプ。ここがこいつの限界だ。
「その決闘、この立花ちどりと鶴来翔斗が受けて立たぁ! ふひひひひ!!」
「…………ネヘプ」
千は眼差しに非難と侮蔑を込めた。目を逸らすネヘプ。
心底、軽蔑するべき敵であると千は思った。
「野望のためにプライドを捨てることも、プライドを意地でも貫くこともできない半端者め」
「なっ!?」
「中途半端はお前だけだ」
『シャーク』が苦く笑う。お前は子供と女の幸せのために自分を捨てられる男だろ?
イムが頷く。王神への忠義でネヘプの籠絡を退けた男だ。尊敬に値する。
翔斗の表情はヘルメットのせいで窺えない。しかし、弟の罪を自分の罪と受け入れ、償おうなどという男だ。これは裏切りではない。
そしてちどりは刹那的かつ利己的な生き方かもしれなくても、愛に殉じるつもりでいる。
袖搦はこの場にいないが、警官としての職務を全うしている事だろう。
愛のためと言うのであれば、佐摩椿姫の覚悟の決まり方は賞賛に値する。
小野は言うまでもないとして、クリスについてはコメントできないが……待て。千はふと思い出した。
「椿姫さんとクリスさんは? 死んだか?」
「椿姫さんは拘束していて、クリスさんは行方不明だ」
そうすると、小野とクリスが合流する可能性があるな。千は頷いた。
負けるつもりはないが、ここで失敗しても二人がなんとかするだろう。小野なら袖搦とも上手くやれるし。
「勝利条件は?」
「代理人二名の死だ!」
ネヘプが血を吐くように答えた。【狩人】同士の殺し合いに抵抗があるなら、この戦いは不利になる。たとえば千みたいに。
「勝者は何を得る?」
「神の名において、敗者を奴隷とする」
今度答えたのはイムだった。
つまり…………千たちが勝てば、ネヘプはイムに完全服従だ。
ネヘプが燃える目を千に向けた。先程の侮辱が看過できないとでもいうように。
…………普通に考えて、この状況で一番不利なのは千である。彼の戦い方は暗殺に向いていて、しかも殺しを厭う……。
千は、その甘い考えを鼻で笑った。




