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武器を取れ、ドラゴンを殺す 第二部 『補欠の僕らも星を見る』  作者: 運果 尽ク乃
第二章 仇国の魔女

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20233 誰がママだ


 この時代の宗教を、現代で置き換えて説明するのは少々難しい。前提となる環境があまりにも違うからだ。


 そもそも、この時代において『移動』がどれほど困難であるのかをご理解いただきたい。

 自然環境は過酷で、ワニやジャッカルなどの危険な捕食者が跋扈(ばっこ)する土地だ。『隣町への移動』が命がけなのである。


 当然ながら様々なものが流通しない。隣の街の特産品など高級品だ。

 であるならば、『物語の流通』も行われない。


 それはつまり、民間伝承も、神話もまた流通されないということである。

 だからどうしたのかと思われる方も多かろう。全土に信仰が行き渡っているのならば、大した問題はないと。


 ……だが、この時代の識字率は恐ろしく低い。そうなると物語も神話も口伝が中心となる。

 もうお分かりだろうか? 口伝は歪むものである。


 同じ武勇伝を何度も語る知人はおられるだろうか? 何度も話していくうちに少しずつ内容を持ってしまうのは人間の性質(サガ)なんであるが、それは神話にも適応される。


 主となる神々の設定はあっても、その他に『都市の守護神』が存在する。

 『クヌム』はネヘプの街エレファンティネの守護神である。起源は主神であるラーよりも古い。アトゥム、プタハ、アトンなどと並び創造神の一柱としても挙げられる偉大なる神だ。


 この『設定』がエレファンティネ限定のものであったのか。それとも別の理由からなのかは、現代では知る由もない。

 例えば他の神を信仰している王神が玉座につき、己の神を主神にしたいと望んだとして、そうして追いやられ消えた神など、現代の研究では確認しようもない。


 故に、当時のクヌムと現代のクヌムでは、確実に扱いが変わる。

  

 さて、この地域の神々は獣の頭を持つことが多い。クヌムの頭部は原種の羊である。

 水牛のように両横に長く伸びた角を持つこの羊は、紀元前のうちに絶滅している。絶滅した羊と、創造神の座を追われたクヌムを関連させるのは穿ちすぎだろうか。


 いずれ滅びる種の頭を、これから消える神がしていることは、いかなる偶然の産物であろうか。


 さて、クヌムは水源と土の神である。

 『河』の水源にあるエレファンティネの守護神であるならば、水の神と崇められるのは当然の帰結だ。


 古代の文明発祥と河は極めて重要な関係がある。人間の生命維持に必要なものが水、食料、住居だとするのであれば、水場は動物も集まり植物も大きく自生する。つまり必要なものがすべて揃う。

 『河』は雨季には必ず氾濫する暴れ竜でもあったが、同時にそれは毎年雨季が終われば肥沃な土を届けてくれる再生のための破壊でもあった。


 クヌムは上流から流れてきた良い土を使ってろくろを回し、人間を作り上げたとされる。

 世界の根幹に関わる神、それがクヌムである。


 …………では、その名を冠する『クヌム』とはなんなのか。


「水と土に関わることだと思う。ネヘプは水をせき止めて豊かな水場を築いたそうではないか。それが『クヌム』の力だ」


 イムが味方で本当に良かった。そう思うのは何度目だろうか。目貫(めぬき)(あまた)は彼の言葉に耳を傾けた。


「危険度は低い?」

「国を滅ぼしかねない『セクメト』に比べれば低いはずだ」


「距離は?」

「近い。日暮れ前には着く」


 他に手がかりもない。千は小野と『シャーク』を見た。


「駄目だ。探偵さんは残れ」

「なんでだ?」


 小野が自分の右目をトントンと叩いた。『シャーク』も頷く。


「他の【狩人】や、袖搦(そでがらみ)との連絡役も必要だろう」

「だが……ええと」


 千はネヘプを追いかけたかった。もちろんそれか空振りになっても構わない。体を動かしたかったのだ。

 幸か不幸か、【狩人】の【義体】は頑丈で、片目を失っても問題なく動けた。


「…………オレと袖搦は、その、折り合いが悪い」

「俺は他の【狩人】の顔を知らん」


 『シャーク』の言う通りだ。千は懇願(こんがん)するように小野を見た。小野は不機嫌に鼻を鳴らしてあからさまな拒否。


「怪我人は休め。足手まといだ」

「ぐぐっ」


 反論の言葉も出ない。何しろ片目を失ったのだ。


「しかしだオノ。『クヌム』の側にはこの時代最高の医者が同行し、しかも危険は少ないと思う」

「…………え? イムが行くのか? お前さんここは?」

「宮殿の侍医が居るだろう。『クヌム』の場所は私しか分からん……それと」


 イムは不愉快そうに声を潜めた。


「先日アマタの言った通りだ、私の従僕は信用ならない」

「…………』


 ネヘプの人心掌握(しょうあく)能力の高さを鑑みると、裏切り者がいる可能性は極めて高い。


「なら、『セクメト』にも足を伸ばすべきか?」

「本気で殺しに来る『セト』様に勝てるだろうか」

「…………」


 不死身の怪人相手だ。

 千はふと考えた。ネヘプが真に【ドラゴン】で、なおかつ『セト』に倒されてしまった場合自分たちはどうなるのだろう……?


「…………わかった、仕方ない。あたしがクリスたちと合流してこちらの防備を整えておく」

「俺と目貫、イムで『クヌム』の場所に確認に行く」

「無理すんなよ探偵さん」


 口うるさい母親みたいだ。千は小さく笑って、小野に睨まれた。




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