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武器を取れ、ドラゴンを殺す 第二部 『補欠の僕らも星を見る』  作者: 運果 尽ク乃
第二章 仇国の魔女

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20231 涙はオレの流儀じゃない


 宮殿の廊下は修羅の巷と化していた。二十人を超える元囚人たちがそこかしこに倒れていた。


 半数は動けない傷を追わされ苦痛にうめき、残りのうちの半数は両目をドライバーで串刺しにされていた。彼らは視力の永久的喪失を理解したくなくて慈悲を願っている。

 最後の連中は斧で頭をかち割られて脳漿(のうしょう)と血液でまだらな抽象画を描く絵の具になっていた。


 反吐が出るような悪臭の中で、探偵目貫(めぬき)(あまた)はゆっくりと、抱きしめていた死体から手を離した。


 巨漢の黒人、その中に入った無垢なる魂ポロルは死んだ。千はポロルの腰に巻いていた布を外す。

 この地についてから、イムによって与えられた腰布。その止め帯を、包帯代わりに頭に巻く。千自身も帯石の狙撃で右目を失っていた。


 千は無表情だった。その顔には怒りも悲しみも見当たらなかった。

 帯石の死を確認していた小野が、ゆっくりと千に近付く。手斧が顔面に炸裂した帯石。眉間から鼻までを断ち割った手斧は、彼の生命を的確に刈り取っていた。


「探偵さん、あたしが言いたい事は分かるか?」

「分かるつもりだ」


 ポロルの死因は、何なのか。

 彼は千を庇った。千の油断と傲慢(ごうまん)が招いた因果から。


「立てるか? 目は?」

「…………」


 ポロルを名残惜しそうに見つめながら、千は立ち上がった。片目を失うと距離感が取りにくくなるはずだ。しかし今のところ大した変化は感じない。


「ポロルは……もしかしたら、『この時代だけ』だったかもしれない」

「うん」


 肉体はヤキトのものだった。『セト』によって魂と肉体の接続はしたようだが、それが『現在』に持ち越されるのかは分からない。

 だとしたら、ポロルの死は他の【狩人】の死とは訳が違う。【狩人】は死後現在に戻るというけれど、同じルールがポロルにも適用されるのか分からない。


「探偵さん、分かってねーよな?」

「ポロルの死は、オレの責任だ。そういう話だろう」

「…………馬鹿かよ、ポロルは何で死んだ?」


 軽蔑(けいべつ)するかのように舌を打つ小野。千の非殺主義が、回り回ってポロルの生命を奪い去った。他に何があるというのだ?


「オレが、殺さずに済ませて来たから」

「違うだろ? ポロルは『自分の危険を顧みず、仲間を危険から守るために死んだ』。あんたの教えを忠実に守った」


 やはり、それは千の責任だ。

 愚かな愚かなハードボイルド。千が自己満足な育て方をしたばかりに、かけがえのない者を失った。


「探偵さんの強さは、その揺るぎなさだ。自分の中の守るべきルールが定まっているから、正しさの指針がブレないから、強い」

「その強さは弱さの裏返しだ」

「『強くありたい』ことは強さそのものだ。そして、ポロルは探偵さんの様に強くあろうとしたんだ」


 千は顔を上げた。怒ったような顔で小野が睨みつけてくる。その怒りは千の不甲斐なさに向いていた。


「ポロルは探偵さんの教えを信じて戦った」

「それは間違いだったかもしれない」

「正解も間違いも知るか。大事なのはポロルの選択だろ」


 千は言葉を失う。ポロルは赤ん坊だ。自分で選ぶなんてそんなこと。そんなこと……。

 ちどりを見捨ててワニから逃げたポロルを千は糾弾した。そして今度は、ポロルはどうした?


「そして、もっと大事なのは探偵さんが『これからどうするか』だ」

「…………これから?」

「そこで立ち止まって、これまでの積んできたものは間違いだったと謝り続けんのか?」


 ハードボイルドな生き方は間違いでしたごめんなさい。

 そんな言葉、口にしてしまったらおしまいだ。探偵目貫千は死んでしまう。


 こんな当たり前のことを、わざわざ指摘されるなんて。

 千は尻ポケットをまさぐった。いや、ホープは吸いきってしまった。今更ながら椿姫(つばき)にあげてしまったことが悔やまれる。


「…………はぁ、まいった。小野はいい女だ」

「今更かよ」

「いや、ずっと思っていた」


 慰めるでも、尻を叩くでもなく。置いて行くと言われてそれでも足踏みできるほど、千は弱ってはいない。


「抱きしめて慰めてほしいか?」

「それはお前の男にとっておけ。女の前で涙を流すのは、ハードボイルドの流儀じゃない」

「そうかい」


 雨でも降ってくれりゃいいんだが。日照りと干ばつのこの土地ではそれも望めない。

 千はポロルの遺骸を見つめた。そうとも、頬を伝うのは涙じゃない。


「包帯が緩いな」

「縛り直してやるよ」


 失われた眼窩(がんか)から流れてこぼれる血液。小野は帯を結び直しながら、それ以上何も言わなかった。

 怪我をしていない左の頬も濡れていたとしても、見て見ぬふりをした。




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