20229 息子
宮殿で過ごした時間は無駄ではなかった。探偵目貫千たちは迷うことなくイムに貸し出された部屋へ行き、続いて侍医の控室に入った。
宮殿は門番ががんばっているため、内側までは荒らされていない。震える侍医たちを引きずり出して、千は彼らにこう言い放った。
「怪我人が多い、医者の仕事だろ? その技術を活かす時だ」
医療品を抱えたイムの従僕たちと医者、そのまま街に戻ろうとした所で、千の耳に聞き慣れた声が届いた。
普段は穏やかで人を和ませる美声が、こんなに不機嫌で高圧的なのは初めて聞いた。
「罪人兵を出せ! 暴徒の鎮圧をしたら市民権をやる! イムホテプを探せ、絶対に殺すな。捕らえよ! あれは王神との交渉に使える!!
「オレはあれを殺しに行く」
「ぁま」
「つー訳だ。イムによろしく伝えてくれ」
千、小野、そしてポロルが声のした方向に進む。半分外に面した長い廊下で、肩を怒らせたクヌマトネヘプが早足に歩きながら部下たちに怒鳴るように指示を出していた。
立ち塞がる位置に、千。
「『大地の裂け目』は修復した。ネタは割れてる。諦めて貘につけ」
「アマタぁぁ……私の美しい街を気に入っていたのではなかったのか?」
「気に入っていたよ」
だが、怪我人や病人、老人子供、そういった弱者を生贄にして作り上げた平和だ。
社会に馴染めない弱者を、全員救えなんて馬鹿なことをいう気はない。ただおもうのだ。許可してくれ。
社会からはみ出しても、うまく生きられなくても、いずれゴミみたいに死ぬと分かっていても。
いま生き足掻くことは許してくれ。
さっさと死ねば自分も家族も幸せだなんて……それがたとえ事実でも、正論でも、合理的でも。
千のハードボイルドは許せなかった。
「【客人】を殺せ!」
「「「おおお!!!」」」
四人の護衛が殺到する。四人とも躊躇なく抜刀した。先端の湾曲した斧剣コペシュ。そして盾。
「ぁま! んがああ!!」
「ポロルは下がって……いや、背中を頼む」
ポロルが叫ぶ、その手に現れたのは流さ2メートルもあるような大槍である。磨かれた木製の柄、両端は鋭く尖った金属製だ。一切の装飾がなく、返しすらない。
殴り、突き刺し、相手を串刺しにするための武器であろう。ヤキトには似合うが、ポロルには似合わないなと千は思った。
「逃げんなぉらぁッッ!!」
「ぎゃっ!?」
旋風巻いて肩に突き立つ!
足早に去ろうとするネヘプの背中に、風を切って手斧が突き刺さる。千は喝采をあげたい気持ちだったが我慢した。剣と盾を持った兵士四人相手に、ドライバーで立ち向かわねばならないからだ。
「ぐっ、ぐぅう……!」
「ネヘプさま!」
ネヘプの背中から吹き出す血潮、肩を押さえて逃げる。兵士の一人が振り返った。その瞬間に、千は踏み込む。
狙いは一番左の兵士。滑るように懐に……盾が邪魔だ、盾の側面を掴み引く。
盾を掴まれるなど想定していなかったのか、体勢を崩す兵士の腕にドライバーを突き立て。裸の背中にももう一本。
「死にたくなければ早く医者に行け」
「死など恐れるかぁ!」
「そうかよ」
千は足で呼び出したドライバーで、その兵士の足の甲を串刺しにして、右肩にもドライバーを突き立てた。
ポロルが槍で威嚇、別の一人はコペシュを手斧で絡めとられ、胸板を割られていた。
「おおお!!」
最後の一人が千にコペシュを振り下ろす。千は間合いの内側に踏み込んで、右肘を破壊した。そのまま身体を潜り込ませ、顔面に肘打ち、鼻と顎を砕き無力化。
「追うぞ!」
筋力と長物は偉大だな。技も何もなく、振り下ろして叩きつけるだけで一人を無力化したポロルを見ながら千は思った。
先頭を千、続いてポロル。殿は小野。床に溢れた血痕を追いかける。
「そいつらを殺せ! 殺った奴は恩赦をやる!!」
「うおお!」「やってやる!」「女だ!!」
痩せて薄汚れた男たちが、棒やレンガを片手に襲いかかる。囚人だ。ほとんどがポロルの槍で吹き飛ばされて終わりだ。
一部の根性のある奴は、小野と千で処理する。
「諦めろ探偵さん!」
「…………うるさい」
顔や首、腹などに手加減なく手斧を叩き込む小野。しかし千は極力致命傷を避けていた。人を殺すことに抵抗があった。
そして、そうやって余裕を持って無力化しながら進む実力が千にはあった。
それが、彼の弱点である。
「死ねよ! 俺よりデカくてイケメンで女連れのクソ野郎!!」
側面から弾丸の速度で飛来した石礫が、千の右目に炸裂した。小石はまぶたを引き裂き眼球を破裂させ、頬骨を粉砕して耳の一部を削ぎ取った。
倒れる千。失態だった。囚人が襲ってきたのならば、その中に投石紐の男、帯石が居ても不思議ではない。
「ぁまーッッ!!」
「はっはぁ! ザマァねえ!」
旋風巻いて顔面陥没!!
馬鹿面下げて千を嗤う帯石の鼻面に手斧が炸裂した。一方的に石を投げる事だけに長けた男は、反撃を予想できず、また避け方も知らなかった。
「探偵さん!!」
「やれ! 手負いだ! やれ!!」
うずくまる千に殺到する囚人たち。千は痛みと屈辱で視界が暗くなるのを感じた。油断だった。失態だった。
燃えるように熱い顔面、千は痛みに呻きながら、視界の暗さが物理的な理由だと気が付いた。
「…………ぁま」
「ポロル?」
倒れた千をかばうように、ポロルが覆い被さっていた。鉄臭く熱い液体が千の顔に降り注ぐ。それが何なのかなんて、分からない理由がなかった。
「うああああ!! やめろ! てめぇら! やめろッッ!!!」
小野の絶叫が遠くに聞こえる。ポロルの身体を貫通して、刃物の切っ先が飛び出た。誰かが絶叫した。千だ。
千は自分の悲鳴をどこか他人事みたいに聞いていた。
「…………ぁ、ま」
「ポロルッッ!!」
致命傷だ。それは確実だった。千は跳ね起きて、周囲を攻撃した。無数に呼び出されたドライバーが、同時に正確に、襲いかかる囚人たちの目を貫いた。
「ポロル! オレは!!」
千はどうしたらいいのか分からなかった。自分が自分の愚かさの代償として死ぬのなら、いくらでも受け入れられた。
だが……ポロルが、斜め後ろをついてくるだけの子どもが……!
「お、おま……お前は!」
何かしてやれたのか? 千はポロルの何だった? 現代に戻れば再会……できるのか? ポロルは、この時代の魂だぞ!?
「お、お、お前は……オレの自慢の息子だ……ポロル……」
「…………ん」
何を言うべきか、言ってやるべきか。
『シャーク』の言葉を思い出す。
「愛してる」
「ぁま」
ポロルは微笑み、そして咳込んで血を吐いた。血の塊で身体が汚れる事を厭わずに、千はポロルを抱きしめた。
息子の身体が冷たくなるまで。




