20228 トラウマ
完全に奇襲だったのに。こっそり背面からの一撃は空振りに終わった。
津原椿姫の【武器】は両手剣である。刀身は3フィート、柄が1フィート。柄頭は洋梨方で、鍔は幅広で頑丈。
刀身は黒く真っすぐ、肉厚で幅広、先端は平らで、刺突を一切考慮していない。むしろ先端ほど肉厚になっている節すらある。
根本には椿の花の図柄と『IDEAL LOVE』の刻印。これは白椿の花言葉『理想の愛』の英語だ。
椿の花はあまり縁起の良くない花であった。椿は花が落ちる時、首からポトリと落ちていく。
それが斬首に見立てられ、その白く美しい花すら死装束を思い起こされると忌避された。
だが一方で、花弁の落下は『潔さ』であり、古来から魔除けとしても重宝された。
剣は権威の象徴であり、椿姫の両手剣は、特に王権と関係が深い。
彼女の【武器】は処刑剣である。
罪人の首を刎ねるための刃。
「オラ死ねボケカスがぁぁ!!」
布で隠していた右手から出てきたのは、先端に鳥の意匠の付いた白とピンクの金属棒だった。
不意打ちの一撃を回避したちどりは、振り向きざまに強烈な反撃を繰り出す。
棒による打撃、一撃で致命傷に達するものではない。だが、勘違いしてはならない。
【狩人】同士の戦いで、特に【防具】が絡むのであれば、ちょっとやそっとの切れ味など意味をなさない。
椿姫は胸元と脇と背中の大きく開いた扇情的なドレス姿だ。それが彼女の【防具】である。
ドレス部分は刃を通さない特殊な素材だ。であるならば、【狩人】を倒すには椿姫の処刑剣のように重量ある攻撃か、打撃で負傷を増やすのが正しいことになる。
「うわ、えっろ……その格好でここまで来たの? ふへっ、ど変態じゃね?」
「あなただってぇ、似たような格好じゃない〜?」
絹でできたちどりのドレスは、大きく胸の谷間を見せていた。どっちもどっち。五十歩百歩、しかし強いて言うならばバストサイズでは椿姫が勝っていた。
「椿姫さん、下がって!」
「下がらせるかってのよ」
突進する翔斗、距離を取ろうとする椿姫に、ちどりはステッキを振った。
ピンクと白に塗り分けられた魔法少女の変身グッズのようなそれ、ビームでも出るのかという警戒は正しかった。
先端、鳥の形のエンブレムが射出され、椿姫の足に絡みついた。エンブレムと棒は細い鎖でつながっており、足を取られて転倒する椿姫。
「鎖分銅!?」
「千鳥鉄ってぇの! ふひひ!」
翔斗のタックルを転がって避けるちどり、ちどりと椿姫の間にピンと張られた鎖。翔斗は足を取られるも、転倒までは至らない。
「あぐっ」
「ひっひ! 姉ちゃん鳴いてるぞ!」
「んぐぅッ!?」
鳥のエンブレムは翼部分が鋭く刃物になっていた。翔斗が引っかかった事で、椿姫の太ももにも突き刺さり肉を抉る。
かと思いきや、血飛沫を飛ばしながら鎖が回収、足をズタズタに引き裂きながらちどりの手に戻った。
「んひっひっ! 鎧の兄ちゃんよぉ、もしかして自分が間にいるからもう平気とか思ってる?」
「…………」
翔斗が身構える。左手を前に、右手はちどりから隠すように。まだ【武器】は出さない。ちどりが【防具】を見せないのと同じだ。何かあると警戒させるために。
「ふひっ!」
射出されたエンブレムを翔斗は左手……【盾】で弾いた。一部の【狩人】が有する防御用の力場である。粒子が集まり不可視の障壁を作り出す。
翔斗は素早く距離を詰めた。右手には【武器】、刃渡り20インチの美しい両刃剣が成型される。
ゲームなどでは勘違いされがちだが、短剣と長剣は使い方や利用方法が異なる。
無論、広い戦場で使ったなら長い方が当然有利だ。
しかし、屋内や組討での取り回しでは短い方が勝る。翔斗の剣は一般的にはショートソード、短剣の部類に入る。つまり、インファイトが彼の距離だ。
凄まじい踏み込みで距離を詰める翔斗、もう鎖を戻しても間に合わない。というか、全身鎧の翔斗に、ちどりの千鳥鉄はいささか心許なくすらあった。
「翔斗くん!!」
椿姫の警告に、翔斗は素早く反応した。亜音速で翻ったエンブレムが翔斗の後頭部を襲う。
スナップを効かせた鞭の先端は、音速を超えるとされる。千鳥鉄はそこまでは行かないが、恐るべき速度を持って翔斗を襲った。警告が少しでも遅かったら、後頭部を激しく打ち付けられていただろう。
「ぎゃっ!?」
吹き飛んだ兜が粒子になって四散する。兜の下から現れた顔に、ちどりが悲鳴をあげた。
高速で戻るエンブレム、ブルブルと震えて指差すちどり。その様子のおかしさに、翔斗は一瞬躊躇するも、すぐに突進した。
「や、やだぁぁ!!? やめてぇ!」
「…………ん? んん?」
ステッキを投げて、両手を振り回して抵抗するちどり、完全に錯乱していた。両目からぼろぼろと涙を流して、ペタンと座り込んでしまう。
「痛たた……ちょっと〜? 翔斗くん何したの?」
「いや、別に……僕は何も」
「やだよぉ!? 痛いのやだぁぁ!!」
太ももの傷を庇いながら、椿姫はゆっくり近付いてちどりを抱きしめる。つい一瞬前まで殺し合っていた相手なのに、よくそんな事ができるなと翔斗は感心した。
「怖くない、怖くない、あの悪い男に何されたの〜?」
「ひいぃ、ひぃぃん。ちぃはアイツに……マワされて殺されたんよぉぉ……ッ!」
突然の風評被害にどうすることもできず、翔斗は所在なさげに立ち尽くす他できなかった。




