20227 義務を果たせ
探偵目貫千と小野、ポロル、イムらがエレファンティネの街に戻った時には、すでに暴動は激化していた。
街のあちらこちらで火の手が上がり、そこかしこから悲鳴や泣き声が聞こえる。
「あいつらか……」
「心当たりが?」
「『神殿』の連中だ。イム、アンタは逃げろ」
小野の言葉に、イムは頭を振った。彼は身分の高い人間である。服装や装飾品、従僕の数から見てもそれは自明だ。
身分の高いものは妬みを買いやすく、価値のあるものは奪われやすい。イムは略奪の対象にされかねない。
「ダメだ。私は私の義務を果たさねばならない!」
「義務ってのは命より大事なのか?」
尋ねながら、千の答えは決まっていた。願わくば友よ。オレと同じ答えを出してくれ。
「そうだ。私の主君は誰よりも平和を愛し、戦争を行わない事を誉れにしてきたお方だ。
ここで何もせずに尻尾を巻いて逃げるのは簡単だが、目の前の惨状を放置して逃げたのでは、陛下に顔向けできん。
私は宮殿に行き、医療道具一式を回収して野戦病院を作る。残念ながら政治家ではないからな、演説で止めることは不可能だ。
君らは君らの成すべきことをすればいい。ここでお別れだ」
千は頷いた。そうだ。自分の職務のために、心の中の譲れないもののために命を懸ける。
「バカじゃねーの!」
小野が激昂する。イムの生き方が理解できないのか、千は仕方がないと思いつつ、説得の言葉を探した。
「ネヘプなんざ街を巻き込まずに正面から殴り込んでぶっ殺しゃいいんだよ! さっさと暴動はおしまいにさせんぞ、首謀者はぶん殴る!
イムは応急手当を始めろ、宮殿はあたしらが行く。あんたの陛下の名前は?」
「…………ネチェリケトだ」
イムはあっけに取られ、千は自らの不詳を恥じた。こういう女だった。まったく、素晴らしい相棒だよ。
「我々は王神ネチェリケトの使者である! 道を空けよ! 我々は医者である! 怪我人を集めよ!!」
腹の底からの千の叫びに、一瞬周辺のざわめきが止まる。
「助けてください!」「夫が!」「妻が!」「息子が!」「母が!」
「この場では簡単な処置しかできない! 手の空いているものは手伝え! 湯を沸かせ! 清潔な布を用意しろ! 薬草の蓄えがあるものは持ってこい!!」
従者たちと町人に指示を出し、イムが運ばれてくるけが人を観察し、従僕たちに指示を出す。
「アマタ、オノ、二人ほど出す。医療器具や薬の場所は彼らが知っている。ついでに宮殿の侍医が居たらケツを叩いて来てくれ」
「任せろ」
一方、街の反対側。ならず者討伐に出ていた完全装備のネヘプと配下たちが帰還していた。
「やれ」
「しかし、閣下!」
「暴徒は我が街の民にあらずだ。『せっかく安全で満ち足りた生活』を用意してやったものを」
馬の無い時代である。彼らの行軍は徒歩で行われた。五日程度の行軍であったが、ネヘプの兵たちは疲弊していた。
…………しかし、街の中で治安維持をする衛兵と、外でならず者を狩る兵士では恐るべき差があった。
武器の差である。
「やれ」
「う……ぐぐ、射てぇ!!」
副官の指示に、矢の雨が降り注ぐ。前衛に立った槍使いが、暴徒たちをを威嚇して近寄せない。
兵器とは常に『敵の攻撃射程の外から一方的に攻撃する』ことを目的に進化してきた。
矢と槍に対抗できるのは盾である。
しかしその盾は、一撃が重い先端偏重の斧剣コペシュを防げない。
この時代の戦場において、槍と弓を揃え、コペシュを腰に差した軍隊は無敵だ。
「ダメだ射つな! 死ぬのは君らの同胞だぞ!!」
その無敵の前に躍り出る影が一つ。明らかな異形。兵たちがざわめく。それは白塗りの全身甲冑だった。
逃げ惑う暴徒たちをかばうように、太陽の照り返しでギラギラと輝く純白。手足の先端や首や胸だけが黒い。頂頭部の赤い房が動きに合わせて揺れる。
この時代の人間には見慣れないどころか、内側に人間が入っているのも理解できまい。等身大の彫像が動いているようにしか見えない。兵士たちは狼狽した。
「うひっ、ふへへっ。プレートメイルってやつぅ? てことは、ちぃの出番じゃんね」
それまで、ネヘプの隣で身を縮めていた女が前に出る。
長い髪を美しく結い上げ、身にまとう自信から猫背は治り胸を張り。絹のドレス、黄金と宝石の装飾品。装飾された布で隠された右腕。豊満な乳房。そして、すべてに似合わない卑屈な笑み。
「ネヘプ様ぁ、ちぃがやっつけますんでぇ。後でたくさん可愛がってくださいねぇ、ふひひひ!」
「頼んだぞちどり。我が麗しの君」
兵を率いて宮殿へ向かおうとするネヘプ。一人残されたちどりに、全身甲冑の男鶴来翔斗は動けない。
相手が【狩人】であると知って、戦うことに抵抗があるのだ。
「ふひっ、ふひひっ。そっちが来ないならちぃから行くけど?」
「やめろ、アイツは【ドラゴン】だぞ?」
「アンタさぁ……」
ちどりが右手を上げる。布でかくされた内側に銃を持っているかのように、腕の先を翔斗に向けた。
「王さまとか上位存在に溺愛されるのって、全人類の【望み】じゃん?」
「それは……」
「ふひっ」
口ごもる翔斗、ちどりは鼻で笑って首をすくめた。
暴風のような背後からの一撃が、ちどりの首があった場所を通り過ぎる。
「バーカ! 見え見えなんよ! ふひひっこれが愛の力ってやつよ!!」




