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武器を取れ、ドラゴンを殺す 第二部 『補欠の僕らも星を見る』  作者: 運果 尽ク乃
第二章 仇国の魔女

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20226 扇動者クリス


 エレファンティネの街は騒然としていた。


「クヌマトネヘプは神々の名を騙り、私腹を肥やす悪党だ!!」

「『神殿』で行われていたのは聖なる生贄ではない! 体のいい口減らしだ!」


 反ネヘプのデモ隊が、街中で同時にデモを開始した。

 ネヘプの管理するエレファンティネの街は潤っていた。それもこれも、ネヘプの政策による人口統制のおかげである。


 日照りと干ばつによる水不足と食料不足、いかんともし難い問題に対して、ネヘプは『不要な』人間を減らすことで対処した。

 この時代において、生贄は聖なる仕事である。誉れ高い行いとして、死後の幸福を約束されていた。


 怪我人や病人を、老人や子供を、『生贄』と称して口減らしをし、報酬をもらう。

 街の人々はこの醜悪なシステムを見て見ぬふりして来た。なぜなら、自分たちの暮らしが苦しくなるからである。


 下手な正義感を振りかざして、ネヘプを叩いてしまったなら……その先にあるのは貧困。

 住民が増えて食料や水の供給量が減り、生活は貧しくなるだけ。他の地域同様にまで、生活レベルが下がってしまう。


「反逆者の言うことを聞くな!!」「鎮圧しろ!!」

「圧政者の言いなりになるな!!」「次に死ぬのはお前の家族だ!!」


 デモ隊は、少なくない人数で構成されていた。彼らを扇動するのは【狩人】のクリス。

 インドネシアの『呪術師(ドゥンク)』である彼女は、元々は村のまとめ役のような、村長のような家系に生まれた。


 現代においても、『呪術師(ドゥンク)』は村社会で尊敬を集める。彼らは信仰と関わりが深く、医術にも携わる。

 古い時代の迷信の産物ではなく医療と冠婚葬祭に関わるものとしての立場を確立してきた。


 その立場を、外部から来た資本主義の豚ども奪われたのは十二年前。クリスが十三歳の時。

 よくある話だ。リゾート計画と村の伝統のぶつかり合い。よくある話だ。リゾート計画は搾取のための方便であり、村人たちは騙された。だから、彼らは悪くない。


 クリスの一家は迷信と嘘で村を支配する悪者にされ、村を追い出された。

 誰も悪くないと年老いた祖父も、急に老け込んだ父も言っていた。家族はバラバラになった。クリスは父親の友人がいるという日本に流れ着き、夜の仕事をすることになった。


 誰も悪くない。

 お金が必要だった。クリスみたいな外国人が異国の地で生きていくにはその道が最適だった。


 誰も悪くない。

 誰も、悪くない?




 そんな訳があるか。


 


 嘘で騙す馬鹿も、踊らされる馬鹿も、みんな悪いに決まってんだろうがよ!!

 クリスはどいつもこいつも嫌いだった。大嫌いだった。


 何も考えず、流されるがままで。一丁前に不平不満は口にして、ほかの誰かを踏みつけにすることには鈍感で。

 ふざけんな馬鹿どもが、死ね! 死ね!


 信仰をおもちゃにして搾取するネヘプ。

 自分らの利権のために受け入れる愚民。


 なんだかんだ理由を付けて家族の命を諦めるボケカスども。

 そして、家族が死なずに済むと分かれば手のひらを返す連中。


 何も文句を言わずにクリスに協力する鶴来(つるぎ)翔斗。

 体を提供することにまるで躊躇(ためら)いのない津原椿姫(つばき)


 どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ!!


「あいつら! 都合が悪いからってあたしらを皆殺しにする気だ!!」


 デモ隊の一つに紛れ込みながら、クリスは扇動する。

 斧のような剣を腰に差し、盾を構えた兵士たち。鎧や防具は着ていないので、衝突したらデモ隊にも兵士にも死傷者が出るだろう。


 クリスは石を投げた。ほかのデモ参加者も石を投げる。

 兵士の一人が怪我をして、別の一人が抜刀した。数字の『5』を逆さまにしたような不思議な剣は、名前をコペシュという。


 途中までが直刀で、刃部分は湾曲(わんきょく)した斧のよう。青銅製で極めて重く、一撃で頭蓋骨(ずがいこつ)を陥没させる破壊力を秘めている。


「武器を抜いた!! 殺される!?」

()られるまえに殺れえーッッ!!」


 交錯する悲鳴の中で、クリスの声はよく通った。クリスは優秀極まる煽動者だった。

 クリスの投げた石が、剣を構えた兵士に当たる。ひるんだ隙に勇気のある誰かが飛びかかった。


 もみくちゃになる兵士とデモ隊。


(へえ、意外と冷静だなぁ)


 それでも、兵士たちは剣を振らない。振れば殺すと分かっているから、殴り返しても剣は使わない。

 クリスは素早く移動した。気配を隠し兵士の側面に移動。がら空きの脇腹に【武器】を……『クリスナイフ』と呼ばれるねじれた刃持つ短剣を突き刺した。


 この剣は、呪術用であり戦闘用ではない。しかし奇妙に波打ったその刃は傷口を広げ、犠牲者は縫合もできない。

 とは言っても、一撃で命を奪っては関係ない。クリスは刺殺した兵士からコペシュを奪い取り、デモ隊に投げた。


 頭に血の上ったデモ隊が、兵士に剣を振り下ろす。盾で防ごうとする兵士、しかし先端偏重のコペシュを防げない。


 悲鳴と歓声が交錯する。ここはもう十分だろう。あとは血に飢えたデモ隊が勝手に暴れ回ってくれる……クリスは殺気を感じて顔を上げた。


 二人の男がクリスを見ている。

 小柄で小太りの中年男性と、浅黒い肌で痩せた長身の男。サメを思わせる風貌には、一切の慈悲を感じさせない。


「クリスさん、何をやっているか分かってるんですか?」

袖搦(そでがらみ)さんこそ、【ドラゴン】側に付くつもりかい?」


 【狩人】が二人。

 その片割れは顔見知りだ。人格者で、穏やかで、しかしその実力は本物。その優柔不断を突かれて(ほだ)されたのだろう。


 まともに、正面からやりあえば袖搦一人でもクリスは制圧される。

 …………しかし、クリスは内心ほくそ笑んだ。


 この乱闘の真っ只中でなら、やられるのはどっちかな?


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