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武器を取れ、ドラゴンを殺す 第二部 『補欠の僕らも星を見る』  作者: 運果 尽ク乃
第二章 仇国の魔女

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20220 お願い



「探偵さんは大概面倒くさいよな、自分のためにゃ戦えねーのかよ?」

「小野には言われたくない言葉だな」


 イムとの待ち合わせの場所に、探偵目貫(めぬき)(あまた)と小野は半日以上早めに到着していた。

 『大地の裂け目』は100メートル以上にわたる異様に深く暗い地割れで、河の水は無限に吸い込まれて、底が見えない。


 二人は周辺を軽く一周して、なにも見つけられなかった。イムがここでなにを調べるつもりなのかは聞いていない。

 しかし、千の気持ちを変えられる何かがあってほしかった。ネヘプと戦い、討つ。そのために。


 小野の言う通り、千は自分の命のために他人を害するなんてできない。それが彼の弱点だ。

 ハードボイルドに反する生き方を許せない。当たり前だろう? ハードボイルドをやめてしまったら生きる意味も価値も無くなる。


 そんな千である。自身の面倒くささについては言い返せないが、それでも面倒くささのチャンピオンは小野だと思っている。


「はっ倒すぞ?」

「自覚がないのか?」

「ぶっ飛ばす」


 言葉遣いこそ最悪だが、小野は笑顔だった。正直言って、小野はいい女だった。さっぱりしていて善悪をズバズバ口にする性格も、化粧気の薄さも、大きなおっぱいも千の好みだった。

 だからと言って生まれた年代も違う女だ。口説く気などさらさらない。


「なあ探偵さん。あたしを助けてくれないか?」

「なんだ? オレが助けられてばかりだからな。可能な限りのことはするぞ」


 その小野に頼られて、悪い気はしない。どんどん頼ってくれとすら思う。


「あたしの【望み】は、恥ずかしながらガキの頃の嫌な記憶を取り除く事だ」

「三つ子の魂百までだ。幼少期のトラウマをどうにかしたい気持ちは分かる」


 千が幼い自分を守るためにハードボイルドな探偵になったように。


「だが、今はもう一つ【望み】がある…………明らかに欠落した記憶の補完だ」

「…………」

「探偵さん、シス、クリス……あたしに『一回目』で何かがあった。それを知らなきゃならない」


 ヤオと小野の関係は不明だが、シスやクリス、そして翔斗の口振りは不審である。

 複数の証言がある以上、何かあって記憶は失われたと見るのが妥当であろう。


「で、頼みは何だ? 悪いがオレも自分で自分で手一杯だぞ」

「なに、難しいことは頼まない」


 小野が視線を外した。どこまでも広がる赤い荒野に、日本ではあり得ない情景に目を向ける。


「2008年、12月25日の夜。神奈川県M田市〇〇町〇〇番地のアパートで、十三歳の小娘が母親の愛人に乱暴される。母親はそれを肴に酒を飲んでいた。止めてくれ」


 少しだけ震える声で、それでも極力感情を交えずに、小野はそう言った。

 それがどこの誰なのか、聞くまでもない話だった。


「あのなぁ……オレは私立探偵だぞ? 冗談じゃない。報酬はどこから出る?」

「体で払う」

「バカを言うな小娘が…………オレに頼むと、今のお前は居なくなるぞ? カタギの仕事には就けなくなる」


 そんな親でも、小野を高校卒業までは育ててくれた。

 しかし……親元から逃げ出したら、中学校中退で、流れ着いた場所で最底辺の仕事しかなくなるだろう。今の、スーツで出勤するOLではなくなる。


 千にできることは、暴力と非合法だ。

 少女を救うなんてできることではない。


「別に、今の仕事に愛着がある訳でもなし、探偵助手位ならできると思うが?」

「…………クソみたいな仕事だ」

「悪くないと思ったんだがね。どんなところでも、あの親の所よりマシだから、探偵さんは連れ出してくれりゃいい。あとは児童養護施設にでも飛び込むさ」


 社会の枠を外れて、儲けにならなくて、ゴミみたいな人間とばかり付き合うことになって、何一つ報われない。

 そんな仕事に。


「一番の問題はな」


 千は大きくため息をついた。タバコが吸いたい。ホープは最後の一本だ。


「この風体の男が、十三歳の小娘に話しかけるのはアウトって事だろうがよ。袖搦(そでがらみ)にとっ捕まるぞ?」

「違いない。あたしなら悲鳴あげて逃げるな」

「何とかしろ」


 何とかしなければならないのは、小野以上に千だった。

 幼い小野を助ける方法なんて、誘拐以外に思いつかない。そうすると、彼女のその後の人生に責任を負わなければならなくなる。小野本人は別にそこまでする必要はないという雰囲気だが、そういう訳にも行くものか。


 探偵助手? そんなヤクザな仕事は絶対にさせない。


「『チッヒ』の友達だって名乗ってよ」

「誰だ?」

「あたしのイマジナリーフレンド。誰にも言ったことない」

「…………」


 千は小野の本気を感じた。それ故に、答えが難しくなった。どうすればいいのだろうか。ハードボイルドなら? …………純粋な少女を助けるためになら、何でもするだろう。そうだよな。

 ここにいるクレバーでハードボイルドな女は、そうならざるを得ない人生を歩んできたのだ。


 擦り切れ、ひねくれないで済むならば、小野は知的で真面目でまっすぐな人間に育つだろう。


「わかった、オレの負けだ! …………ただし、期待するなよ? 実はどうすれば切り抜けられるかもわかっていないんだ」

「はは、ありがとよ」


 小野はさみしげに笑った。ワガママを押し通したはずなのに、その笑みは勝利者のものではなかった。


「誰かが助けてくれたかもしれない。それだけでもいいんだよ…………本当はさ」

「…………」


 千は何も言えず、最後のホープに火をつけた。


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