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武器を取れ、ドラゴンを殺す 第二部 『補欠の僕らも星を見る』  作者: 運果 尽ク乃
第二章 仇国の魔女

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20219 乳首みたいな妖怪




「帰るの〜? ベッドあるけど、ご休憩して行ったら?」


 『神殿』の外は真っ暗だった。

 (なま)めかしい薄衣をまとい、豊満な乳房をテーブルにしどけなく押し付けて、佐摩椿姫(つばき)が微笑む。


「そうするか。小野、案内してもらえ」

「二部屋頼む」

「オレは椿姫さんと話がある」


 小野は眉を上げ、分かってますとでも言いたげなニヤニヤ笑いで小さく頷いた。


「野暮は言わないぜ?」

「話しながらする? 終わってから話す?」

「なんでお前の男の話をしながら寝なきゃならないんだ」


 こいつらからかってるだろう。千は頭を押さえた。尻ポケットから大事にしていたホープを取り出す。残り三本、今が吸い時だ。


「はい」

「…………どうも」


 火を差し出してくる椿姫、千は深く煙を吸い込んだ。久々のニコチンが全身に染み渡る。【義体】故に中毒症状は消えているが、精神的に欲しくなるのだ。


「私も貰える?」

「自分のはないのか?」

「セックスすると、吸いたくなるから〜」


 千は一瞬躊躇(ちゅうちょ)した。ここで拒絶したらケチだと思われるよな……。


「オレももうないんだ。大事に吸え」

「でもホープって……うっそ、そんなダサいの吸ってるの? 重そう〜」

「嫌なら吸うな」

「ごめ〜んネ☆」


 千はジッポを取り出して椿姫のタバコに火をつけた。


「妖怪の事を知ってるか?」

「え〜? 鐘が鳴ったら家の外に出ちゃダメって話?」

「…………は?」


 千は危うく貴重なタバコを落としかけた。知らないぞそんな話。


「あ〜、豆降(まめふり)村だと常識だからわざわざ忠告されないけど、鐘が鳴ったら急いで手近な家に入ってカーテンかけないと、オバケに食べられちゃうんだって〜」

「心を?」

「そう」


 結局その場に残っていた小野の表情が険しくなる。ヤキトが心神喪失状態だったのを思い出したのだろう。


「対策は?」

「オバケに出会っちゃって生き延びれたら、半年の間は神社に封印されて生活だってさ〜。最近もひとりそうなってるんだって」

「こわ……」


 千はまことしやかな噂を笑いながら話す椿姫の声を聞きながら、懸命に思い出していた。

 こちらの時代に来て二十日近い。


「…………椿姫さん、その、六時すぎの半端な時間に鳴った鐘が、それか?」

「鳴ってたね〜。出たんじゃない?」


 バス事故の原因は、運転手や川瀬夫妻に危険を認識させていなかった『施設』側の責任である。

 それともここは椿姫の情報収集能力を褒めるべきか?


「あ、でもいいオバケもいるんだよ? ほら……アレ。乳首みたいな名前のやつ」

「乳首ってなんだよ、『クチナワ』とかそういうアレか?」


 結局話を聞いている小野。意外とまともな名前が出てくる。


「もっとエロい雰囲気の……」

「もしかしてヤオか」

「そう! それそれ! ヤオビーチク!」

「ぜってー違う。いいオバケでも祟りそうなんだが?」


 そいつはお前と同じ顔だよ。千はその言葉を飲み込んだ。


「小野ちゃんビーチクはここかな〜? 私乳首当てゲーム得意なの。勝負する?」

「叩き潰してやれ、探偵さん」

「なんでオレに振るんだよ。浮いてるし」


 乳首当てゲームとか、どんな世界に住んでいればやれる遊びなんだろうか。やりたかった。

 ブラをしていない上に薄衣しか着ていないので、目を凝らせば色まで確認できそうな椿姫の乳首をつまみたいし、小野の乳首を当てるために突きたかった。


「そこでやんないから童貞なのよ」

「…………ふぅー」


 千は紫煙をゆっくりと吐いた。咳込みそうだった。


「あ、ごめんね? 貰ってあげようか?」

「いいんじゃね童貞? 遊んでるやつよりよほどいい」


 火がフィルター部分に達して、火傷しそうだ。千は靴の裏でタバコをもみ消した。もう一本吸いたい。いや、ダメだ。最後の一本だし。


「び……ち…………何も分からん」

「ちなみに正しい乳首当てゲームは、乳首の場所理解(わか)った上で触らずに焦らすのが作法だよ」

「知らんわ。つーか猥談目的か?」

「妖怪の方はもういい。有益な情報が入った」


 乳首のことなど考えても仕方がない。戻って、お互い生き延びていたら美咲に聞こう。でも「乳首に似た名前の妖怪を教えろ」と言ったら美咲にどんな顔をされるだろうか。死地妊(しちにん)に殴られるか?

 そもそも彼女も、ヤキト同様に『くねくね』を見て、尻子玉を抜かれている可能性があった。


「私といるのに他の女の子と考えるの、よくないと思うなぁ」

「お前はもっと津原有馬のことを考えろ」

「有馬さんは、私がどんな罪を犯して汚れても、凍える世界に咲く真っ赤な花だって許してくれるわ」


 椿姫の表情が明らかに変わる。これまでの婀娜(あだ)っぽい妖艶さから、恍惚(こうこつ)と希望に。小野が瞬きして、千は無意識に最後のホープを取り出し、舌打ちして箱に戻した。


「ずっと考えてろ。商売用の顔よりよほどそそる」

「愛が顔に出てる?」

「【望み】は津原有馬のことだな? オレが聞きたいのは、【ドラゴン】を殺せなかった場合だ」


 椿姫が受けているという『厳しい修行』は確実に嫌がらせだ。椿姫自身もそう思っているからこそ、【望み】を絶対に叶えたい。

 

「…………」

「オレが生きていたら何とかするが、自分でも駆け落ちの準備はしておけ。少なくとも佐摩愁子さんは椿姫さんの味方だ」


 犯罪者になっていても関係ないという覚悟を思い出す。あの時は千は可能性程度の考えだったが、椿姫が【狩人】だと知った今では洒落にならない。


「死んじゃうの?」

「目の前に河童が居るんだよ」

「?」


 千の前には椿姫と小野しかいない。小首を傾げながら椿姫は小野を見る。そいつは違うぞ? 正義の乳首妖怪の方だ。


「…………探偵さん。【ドラゴン】、殺さないとだな」

「仕事をすっぽかすことになるからな」


 小野にすごい目で睨まれたのだが、千には全く理由が分からなかった。




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