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武器を取れ、ドラゴンを殺す 第二部 『補欠の僕らも星を見る』  作者: 運果 尽ク乃
第二章 仇国の魔女

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20216 救済


 帯石(おびいし)は激怒した。必ずやあのジャチ……? とにかく悪いやつを叩き潰さねーとならないと決意した。

 必ずやの『や』ってなんだよ、どこの田舎の方言だ?


 帯石には理屈が通じぬ。帯石は三十二歳無職である。デマを信じ、扇動者に踊らされて暮らして来た。

 けれども他人の幸せに対しては人一倍敏感であった。


 ある朝、帯石は築五十年の今にも倒壊しそうなアパートを出発し、盗んだ自転車で野を超え山を越え30kmも離れた有名人の自宅にやってきた。

 帯石は両親に縁を切られ、恋人もおらず、当然ながら内気な妹なんてものもいない。仕事は暴力か暴言ですぐにクビにされるため定職には就けず、金もなく、闇バイトで食いつないできた。


 唯一の楽しみは陰謀系ユーチューバーの犬笛に乗って炎上を盛り上げることであり、そのためなら有名人の自宅に突撃して窓に石を投げることも(いと)わない。


「死ね。クソが死ね!! 俺より顔がいい奴、金のある奴、身長が高い奴、運のいい奴、チンコのデカい奴、高校卒業してる奴、実家の太い奴、彼女がいる奴、コメントに反応もらえる奴、みんな死ね!!」


 なんて叫びながら、投石帯(スリング)を使って石を投げ込んで、留置所にブチ込まれた日の夜、彼は【ラストイル】の召喚を受けた。


「うおおおお!! 俺を外車乗り回して毎日寿司が食える三高(高身長・[性的表現]・高校卒業)にしてくれー!!!」


 だが、現実は甘くなかった。帯石は【ドラゴン】を殺すために何をすればいいのか分からず、とりあえず幸せそうな現地人を殺したり奪ったり犯したりして、凶悪な強盗団を結成した。

 その凶悪さは全て帯石本人だけのもので、手下は彼が怖くて従うだけ。武器も石しかない。


 そうして、好き勝手やった結果が目貫(めぬき)(あまた)袖搦(そでがらみ)への敗北である。


「その女と一発ヤらせろ、そしたら……」

「苦しんで死ね」

「えっ、待て! 待ってください!! 俺死刑囚なんで、死なずに済むならなんでもしますから!!」


 牢獄に忍び込んだ千と小野に協力を要請され、帯石は調子に乗った。

 そして口にした軽口は、残念ながら小野の逆鱗に触れるものだった。


「ここで死んでも現代に戻るだけだ。安心して死ね」

「待て小野、他に【ドラゴン】殺しの仲間がいるのか確認したほうがいい」

「いるいる! いるから! 紹介するぜ! 二人いる!!」

「嘘だな。達者でな」


 この期に及んでホラを吹いて取り入ろうとしたことを即座に見抜かれ、帯石は薄暗い牢獄に置いていかれた。

 千と小野の失敗は、この場で帯石を始末しなかった事である。






「少し確認したいものがある」


 【狩人】たちは自由行動を許されている。夜中に二人で宮殿を出ても、誰にも見咎められない。

 いや、夜番の歩哨にうろんな目で見られているので、二人で夜遊びと思われている可能性が高い。


「なんだ? 案内できるかは知らんけど」

「スラムだ。この規模の街なら貧民街が必ずある」

「…………ない」


 断言する小野。だが、あり得ないと千は断言できる。

 経済活動がある以上、貧富の差は必ず生まれる。


 この時代にはまだ貨幣(かへい)文化は生まれていない。物々交換か金属塊や宝石との交換になる。

 ただし、交換券の文化はある。政府の公共事業、例えばピラミッドの建設に参加すると、日払いで食券やビール券が貰える。


 そうすると、ビール券と別の嗜好品を交換したがる者は当然出てくる。疑似貨幣の誕生である。

 こうなっては貧富の差が生まれるのは時間の問題となる。ビールがいらない労働者にからビール券を買い叩き、欲しがるものに高く売る。健全な経済活動と言える。


 そうこうしている内に富は集中していく。こうして落ちぶれていくのは経済活動の下手な人間と……そして、社会生活に馴染めない帯石のようなハズレ者と、働きたくても働く力のない、障害者と病人、老人子供である。


「無いはずは……まさか」

「探偵さんの目は曇らされてたってことじゃねぇかな」


 子供のための施設があるのは『シャーク』と見学した。過酷な時代だ。老人になるまで生きられないものは多かろう。

 しかし、だからと言って貧民街がないのはおかしい、すべての住人を補償できる社会など、現代に至っても不可能なのだから。


 シスとイムに案内された王都は、飢饉で活気はなかったが、老人も病人も肩を寄せ合って生きていた。

 それに対してこの街は、ネヘプ同様に一切の瑕疵(かし)が無く……。


「神殿に行こう。病人や老人、助からない怪我人や障害者への『救済』をしてる」

「皮肉か?」

「奴らはそう言ってんだよ、『生贄』として魂を神々に捧げることで生きている家族に恩寵(おんちょう)が賜われるんだとさ」


 それはつまり、自殺の推奨だ。社会が保障するべき弱者を先んじて切ることで、それ以外の社会を維持するやり方だ。

 膨れ上がる殺気に、小野が口笛を吹く。なんで気が付かなかった? なんで考えなかった? 弱者の居ない社会なんてあるはずないだろうに……!


「最期にいい思いをさせてもらえるらしいぞ」

「神聖娼婦か」

「探偵さんもお願いしたらどうだ?」


 千は息を吐いた。小野を一瞥(いちべつ)し、自分を恥じた。下手で下品な冗談を言ってでも和ませてくれる。それでいて自分の義憤は身の内で滾らせている。

 まったく、ハードボイルドな女だよ。


「オレが助からない時は一発頼む」

「バーカ、死ねよ」


 その口調の柔らかさ。帯石への殺意たっぷりの拒絶とはまるで違う。

 それにしても本当にいい女だ。知朱(ちあき)が居なければ惚れていたな。千は苦笑いした。


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