20215 対立
ネヘプの街、エレファンティネは活気に満ちていた。腹が立つほど平和であった。
「うへっ、うへへへっ! ネヘプ様、ちぃのこと『麗しの君』って呼ぶんすよ……ふへっ、うひひ!」
「子供の笑顔が眩しい……もしも【ドラゴン】でなかったらを考えると、な」
ちどりと『シャーク』は順調に絆されていた。街が平和で、ネヘプの治世が善良であるほど、袖搦は彼に傾倒した。
探しても探しても粗がない。目貫千たち【狩人】一行はそれから一週間以上ネヘプの宮殿に滞在していた。
ネヘプの暮らしぶりは簡素なものだった。初日こそイム歓待のために宴会を催したが、翌日からは庶民と変わらぬ食事をした。
千たちは自由に街の中も宮殿も歩き回れた。しかし、怪しいものは何もなく、人々は幸せそうだった。
共に旅してきた奴隷たちも、最初こそ不安がっていたがすぐに馴染んだ。待遇も良かった。
重箱の隅をつつくような粗探しをすることに、千自身が疲れていた。
だがそんな中で、ただ一人だけ頑なな女がいた。
「ネヘプはヤベー、近寄るべきじゃない」
「嫉妬乙wwwイケメンに口説かれてなくてカワイソーwww」
「バカ、そこだよ」
ある日の夕暮れ、絹のドレスに黄金の装飾品を与えられたちどりを、小野が呼び止めていた。
「アイツは初手であたしに教育者の不足を嘆いてきた。分かるか? 欲しいものを狙い撃ちにされたんだよ。逆に口説かれたら殺していただろうな」
「意味不明www」
この話を立ち聞きして、千はゾッとした。小野の言い分を理解できたからだ。
千と袖搦に見せた『リスペクトと善政』、イムに与えた『歴史的大仕事』。『シャーク』に見せた『子供の笑顔』。ちどりに与えた『私にだけ優しい王様』。そして逆に小野には『性別を超越した実力主義』か。
「アイツは欲しいものを確実に差し出してくる。おかしいだろ」
「それがニセモノならおかしいしょ? でもホンモノならいいじゃんかwwwちぃはネヘプ様が居れば【望み】が叶ったも同然だしwww」
嘲笑するちどり、現実への不満が、この非現実での充足性を高めていた。
「立ち聞きして悪いが、詳しく聞かせてくれ」
「うわwwwキモwwwちぃはネヘプ様とのイチャラブタイムの予定があるんで」
「チッ」
さっと逃げ出すちどり、小野は千を一瞥し、舌を打った。
そのまま足早に移動する。千は一瞬迷った後、小野を追いかけた。
「ちどりは諦めだ。『シャーク』も袖搦さんも戦意喪失」
「どこへ行く気だ?」
「イムに挨拶してポロルを回収だ。あれはママがいればなんでもいいだろ?」
「……………………」
そうだとも違うとも言いづらくて、千は黙り込んだ。
「その後、アイツに会いに行く」
「ネヘプか?」
「いや、居るだろ? もう一人【狩人】が」
「なるほど、言い分はよく分かった。二日後にネヘプはまたならず者の討伐に出る。その隙に私は例の『暗黒』……『大地の裂け目』の調査をする予定だ。何をするにもそこまで待てるか?」
「は?」
「イム、それは問題ないのか?」
イムはネヘプに宛てられた大使である。弓を引く態度を取る千や小野に協力するなど、あってはならない事ではないか。
「ない。そもそもおかしいとは思っていた。私の忠誠は王神陛下にのみ向いている。ネヘプが真の王であるかのように振る舞うのを諌めねばならん立場であるはずなのに、いつの間にやら同調していた」
「シスは?」
「女王陛下は忠誠ではなく信仰、別枠だろう?」
アイドルへの愛と仕事みたいなものだろう。千は深く考えるのを放棄した。
「それまでの間、アマタ、オノ。君たちを責任を持って匿おう」
「いや、結構だ」
「そうだな、デメリットが大きすぎる」
小野が即座にお断り。イムは苦く笑った。
「ポロルだけは頼めるか?」
「私を信用できないのに?」
「違うな」
千と小野は同じ意見だった。イムは信用する。しかし、イムの配下全員は信用できない。
「その間に、オレたちは他の【狩人】……【客人】を探す。オレたちの【敵】がネヘプであるなら、他にもこの辺りにいてもおかしくはない」
「『大地の裂け目』までは片道二日、五日後に集合だ。私が見知らぬ兵を連れていた場合は敵対したと思ってくれ」
「それだと行動が制限されるし、イムが【客人】を見つけた場合困るだろ。ポロルを連れてきたら信用すんよ」
小野の言葉にイムは一瞬困惑するもすぐに頷いた。
ポロルは、巨体であるが赤ん坊の脳みそしか持たない。無害な存在…………という共通認識が【狩人】及びイムにはあった。
だが、よく考えれば身長195センチで、筋骨隆々の巨漢である。
現代でヤキトが『女は拳で殴らない、死んでしまうからだ』とうそぶいていたが、あながち冗談でもあるまい。
ポロル自身は暴力の欠片も知らない幼子であるが……もしも千に危機が訪れた場合はどうなるか分からない。
と、イムと小野の意見は一致している。
なお、千はポロルを臆病な子供だと認識していた。




